アミール:
隊商に参加する話。前編
ここは万国の門、砂漠最大級の交易都市。
数々の隊商が訪れては、また旅立っていく。
つい先日も、1つの隊商がこの都市を訪れた。
いつもと変わりないことのはずだった。
いつもと変わりない出来事でも、タイミングによっては心動かす事態になりうることもあるのだ。
1人の黒髪の少年が隊商を見つめた。
彼の名は、アミール。
この街で、双子のきょうだいのアミーラと共に踊り子として生計を立てている。
なお、アミールはアミーラのことを妹といい、アミーラはアミールのことを弟しており、決着は未だについていない。
そんな二人で踊り子として生活している。
それは育ての親に教えられ、それしか生業にできることがなかった故だ。少なくともアミールはそう思っている。
つまりは生きるために踊り子をしている。もちろん踊りは好きだし、誇りを持っているけれど。
踊り子として生きているが、彼はごく一般の少年のように強いものへの憧れを持っていた。
そんな彼が、隊商を見つめていた。
詳しくは、隊商に所属する歴戦の護衛たちが鍛錬する様を見ていた。
別段鍛錬する護衛たちを見るためにあえてここに来たわけでなく、買い物に行く途中に道すがら見つけてしまい釘付けになっていしまったのだ。
「…おお……」
アミールの口から感嘆の声が漏れる。
あたりには剣を弾く金属音が響いていた。
――剣…剣か…
剣の腕には覚えがあった。彼は剣舞を得意とする踊り子だったのだ。
街のチンピラくらいは伸すことができる。
かつて舞の商売道具の剣でチンピラを伸したときは双子のきょうだいにこっぴどく怒られたものだ。
――あの時は、アミーラを助けてやったのに…!
かつての出来事を思い出し、そのとき覚えた感情までも思い出しながら、釘付けになっていた足を進めた。
――人を弱いだなんだと罵りやがって…!
――俺だって、本気出せば剣でそれなりに渡り歩いていくことくらいできるんだ…!
っごつ
「っ!!!」
物思いにふけながら歩いていたアミールは、建物の壁に思いっきり頭をぶつけた。
鈍い音を立てながら壁と接触した彼は、その場にうずくまり声にならない声をあげる。
「〜〜〜っ!!!」
「ちょっとぉ、大丈夫?」
「お、おう…これくらいどうってことねえし…」
うずくまり悶絶するアミールに、どこからか心配する声がかけられた。
涙目になりながらも強がりを言うアミールがゆっくりと立ち上がると、そこには先ほどの声の主であろう女性がいた。
黒髪の褐色肌の女性は、強がるアミールを見て笑いかけた。
「その様子なら大丈夫そうね、貴方この街の子?」
「おう、街で踊り子とかしてる」
「踊り子かあ…私、この隊商で世話役をしているマリーヘよ。誰か隊商に入りそうな子いたら言っといてよ」
世話役を名乗るマリーヘからからにこやかに紙が手渡される。
渡されたので思わず受け取ってみたものの、アミールは字を読むことができなかった。
「読めねぇ…」
紙を見ながら顔をしかめるアミールに、マリーヘが紙の内容を読み上げた。
「入隊希望者募集って書いてあるのよ」
「入隊?隊商の人員募集してんの?」
「そうよ、あなたみたいな踊り子から商人、医者、戦士まで募集しているわ」
「戦士!」
マリーヘの言葉を聞き、アミールは思わず拳を握り締めた。手に持っていた紙がぐしゃりと音をたてる。
「戦士…戦士募集してんのか…」
「ちょっとー、せっかくあげたチラシぐしゃぐしゃにしないでよ」
「俺、隊商入る!!」
ぐしゃ。
チラシを更に強く握りしめながらアミールは声高に宣言した。
突然の宣言に少しの間呆気に取られたマリーヘだが、すぐにいつもの笑顔に戻るといそいそと名簿用の用紙を取り出した。
「本当?ありがとう!踊り子が増えるのは華やかになって良いわねー」
「戦士!」
「え?」
「戦士で入る!」
どうだと言わんばかりの表情でアミールは言い放った。
「あれ、あなた踊り子じゃ…?」
「今はな!だが、これからは…戦士だ!!」
そう言い放つ彼は素晴らしく良い笑顔だった。
「戦えるなら問題ないけど…」
「おう、問題ない!!」
どこから湧き出ているか分からない自信をもって、アミールは隊商に戦士として参加することとなった。
登録用紙に代筆をしながらマリーヘは、テンション高くそわそわするアミールに話しかけた。
「あ、そうそう、隊商に所属すると街から離れることになるけど、大丈夫?」
「街から…離れる…」
「挨拶する人とかいたら、ちゃんと挨拶しとくのよ?」
街から離れる。
彼の頭にはすぐに双子のきょうだいのアミーラのことが過ぎった。
この街に独り残すのはさすがにしのびない。
で、あれば彼が考える選択肢はただ1つ。
「なあ、もう一人隊商に参加できる?そっちは踊り子で」
太陽が西へ傾き、街が赤色に染まりつつあった。
赤色の街の中、昼間まで踊り子として生計を立てる人生を送っていたアミールは浮き足立ちながら帰路についていた。
この俺が!
戦士になれる!
長年の憧れである戦士になることができる。
その事実に彼は浮き足立っていた。
その浮かれっぷりは、黒髪は砂漠で目立つんじゃないかと考えて露天で購入した染め粉を即座に使ってしまうくらいであった。
その結果、昼間までは綺麗な黒色であったその髪は、薄い砂色となっている。
視界に家を捉える距離まで来たところで、途端に彼は冷静になった。
いつもその場ののりで行動することを双子のきょうだいに非難されているのだ。
またも非難されることは目に見えていた。
歩みを止め、先ほど染めたばかりの髪をつまみながらしばし逡巡する。
しかし、本当にしばしだった。
「うん、まあ、どうにかなるなる。」
そう誰にとも無く呟くと、彼はマリーヘにもらったチラシを強く握り締めて家の戸に手をかけた。
つづく。
|
|