マジド・アズハル・ヒィ:第4夜、白輝の都にて。


ぬいぐるみを作る話。




「……へ?今、なんて言いました?」

思わず召喚士の少年・ヒィは目の前にいる装飾商人・マジドに聞き返した。

「だーかーらー、はるやんに人形作ってあげってばー」

マジドは言いながらまたごろりと寝返りをうつ。
ここは隊商宿のヒィと、魔道具士のキアーの部屋なのだが、
キアーは現在街へ行っており、よく知ったヒィしか部屋にいないことからマジドは我が物顔で部屋の布団を占領している。
ヒィは初めは何か言いたそうな顔をしていたが、今はもう既に諦めた顔をしている。

「……俺が、ハルちゃんに人形を作るんですか…?」
ヒィはもう一度、内容を確かめるように復唱する。
「そうそう」
『なんで』『どういうものを』の部分を一切説明せず、マジドは返事を終える。
「………」
一向に続きを説明しようとせず、ごろごろ寝返りをうつばかりのマジドにどうしたものかとヒィは頭をかかえる。

「あ、あの!申し訳ありません……っ!」

突然、ごろごろと寝転がっているマジドのペンダントから、彼の所持する水のルフ・マーキーズが飛び出してきた。
マーキーズはちょうどマジドとヒィの間にあたるほどの位置にふよふよと浮きながら慌てた顔をする。

「マジド様の説明がとっても不足していてすいません……!」

少し浮いた位置にいたマーキーズが、謝ると共に土下座を始めた。まるっとしたオデコがごりっと床にめり込む。
その音を聞いて、ヒィは驚くと共に慌てる。
ルフ好きの彼にとって、ルフに謝られる…ましてはめり込むほどの土下座をされるなんて耐えがたいことなのである。
いや、ルフ好きでなくとも、こんな小さなルフに突然オデコが床にめり込むほどの土下座をされて慌てない人はそうそういないだろう。

「き、キーズ!そ、そんな謝らないで……っ!」

慌てて土下座をとめさせて、マーキーズを抱きかかえる。
ルフの主であるマジドは、こんなやつに謝らなくていいのよーなどと言いながらまだごろごろしていた。

「………」
いつも思う、何故マーキーズはこんな主に忠誠を誓っているのか、と。








結局マーキーズから聞いた大体のあらましはこうだ。

誰かからアズハルに人形を与えたらいいよと提案されたので、人形を与えることにした。

「………ざっくりしすぎてる…というか、特に新しい情報がなかった…」

マジドとマーキーズが部屋から出て行った後、ヒィはまた一人頭を抱えた。
ワケが分からなかったが、必死なマーキーズを前に、ヒィはマジドからの依頼を受けるしかなかったのだ。
しかし、おそらくマーキーズが出てこなくとも彼はマジドの依頼に応えるしかなかっただろう。彼はあの少年に頭が上がらないのだ。

「結局どんな人形を作ればいいんだ……?」

うんうんと唸りながらヒィは机に向かい、適当に筆を走らせる。


まず、何故人形を与えることになったのだろうか。
何故『人形』なのか……
人形と言えば、まぁ、幼い少女が持っていたとしても普通である持ち物だ。
しかし、作成頼んでくるということは、持っていないのか…
…まぁあの少女のことだ。人形なんてものは持っていないだろう……
あんなまだ幼い少女が、可愛いものよりカッコイイものに憧れるなんて、大丈夫なんだろうか……
もしかしたら、人形を持たせれば少しでも可愛いものへの愛着が芽生えるのだろうか……


「……あ、そう、か…?」
なんとなく作成依頼の意図が分かった気がして、ヒィは少し顔をほころばせる。

つまり、おそらく、
幼い少女だというのに「カッコイイもの」に憧れる少女を心配した誰かが
「人形」を少女に与えることを提案したのだろう。


……想像の範囲は出ない推測だが。

「……だとすると、作るべきなのは、」

紙の上にさらさらと動物のようなものを描いていく。


「可愛い人形かなー」







数日後。


「わぁ、なんすか!これ!」

見習いの少女・アズハルはヒィから受け取ったぬいぐるみを抱えながら、目を輝かせた。
彼女の抱えるぬいぐるみは、少し紫の混じったピンクと赤で構成され、とりあえず可愛いに部類されるだろう…だがしかしこれはなんという生物だ、というような外見をしていた。
『護衛の少年』が作ったというわりに、造りはちゃんとしていた。

「えっと…マジドさんからハルちゃんに人形を作ってほしいって頼まれて…」
「なまえ!なまえ、なんていうんすか!これ!」
ヒィは事のあらましを説明しようとしたが、ぬいぐるみを前にテンションがうなぎのぼりな彼女にはそれは聞こえていないようだった。

「え、えっと…ハルちゃんが決めて、いいよ?」

名前を追求されるとは思っていなかったヒィは、その決定権を少女にゆだねた。
その言葉を聞くと、アズハルはぬいぐるみとにらめっこをしながらうんうん唸っていたが、すぐに元の明るい表情に戻る。



「ごんざれす!!!」



「……え?」

「なまえ、ごんざれすってかんじっす!」

ご、ゴンザレス………

可愛い人形を…と考えに考えデザインし、一針一針丹念に思いをこめて作った人形が、そんな濁点の多く入る屈強系な名前をつけられるとは夢にも思ってなかったヒィはがっくりとなった。
だが、名前を呼びながら無邪気に喜んでいる少女を前にしたらもっと可愛い名前に変更を…とはさすがに言い出せなかった。

「ゴンザレス…か」
名前を反芻して呼んでみる。確かに、この少女が持っているにふさわしい名前なのかも、しれない…

少しばかり悲しくなった。


しばらくぬいぐるみ…ゴンザレスと戯れていたとアズハルが急にくるりとヒィに向きかえった。

「ひっくん!」
「…?どうかした?」

「ありがとね!」


少女はぬいぐるみを抱えながら、屈託の無い笑顔でヒィに言った。

「どう……いたしまし、て」


作るのは大変だけど、自分のしたことで誰かが笑顔をになってくるのなら、
それもいいのかな…と心の中で少し独り言ちた。




それから数日後、ゴンザレスが内蔵(綿)をぶちまけて再びヒィのところにくるのはまた別の話。







見事に自PCだけになりました…。あ、名前だけキアーさんお借りです!

ちなみに、この後、「ゴンザレスはどういう子なんすか?」とアズハルに言及され、
ヒィはその場で作った、
「砂漠を守る正義の義賊の相棒で、うさぎとたぬきの混ざった珍種『うぬぎ』という種類の動物」
という設定が決まります。

ちなみにちなみに、マジドに「人形をあげたら」と提案したのはポストーチというのは裏話。
「だって、ハルちゃんがお人形持ってたら、きっと可愛いよ!^^」という単純な理由。
ヒィが深読みしすぎなのはいつもです。

別名、ヒィが一人で空回りする話。笑