天幕がない話。続
解決の糸口の見えない問題に途方にくれた。
あぁ、原因不明の病気を見つけたときの医者の気持ちとはこういう風なのだろうか…
考えても、考えても、解決の兆しが見えない。
投げ出したくなってくる。
俺は旅立つ前から旅立ちたくなくなっていた。
火のルフ、ラダルジャは
「買う金がねぇならてめぇの天幕に入れてくれるやつを探せばいいだろうが
集団で暮らすよりかは少しは楽だろう?」
と言った。
そんな、見ず知らずの他人を自分の天幕に入れてくれるような心優しい人が
この世の中にいるのだろうか…
マジドさんとハルちゃんの帰ったあと、
俺の心の下向きと夕焼け空も相まって、なんだかえらく寂しく感じられる。
「はぁ…」
カウンターにおでこをつけながら、思わずため息をついた。
からん からん
誰か、来た。
憂鬱で、ゆっくりと顔をあげるとそこには少し驚いた顔のキアーさんがいた。
「き、キアーさん…!」
「具合でも悪いんですか?平気ですか?」
「へ、平気です…!!」
本当に心配してるような顔をされてしまったので恥ずかしくなって少し乱れていた前髪を直す。
俺が平気だと言うとキアーさんはほっとした顔をする。
「あ、えと、何か御用ですか…?」
「あぁ、いえ、ただ通りかかったので。あ、忙しかったですか?」
「い、いえ!そんなことはないです…暇です!!」
俺が精一杯首を振って否定するとキアーさんは安心したような顔をした。
嘘は言っていない。うちの鍛冶屋は昔からの常連ばかりで、急な注文などない。
カウンターに座ってるのも形だけだ。
キアーさんが壁に飾ってある商品を見ながら言う。
「そういえば、そろそろキャラバン出発ですけど…準備は平気ですか?」
あぁ、先ほどもした会話だ…。
「ヒィさん、この町を出るの初めてなんですよね?何かあったら何でも言ってくださいね、力になります」
勉強教えてもらってますし、と付け加えながらキアーさんは笑顔で言う。
この人、ホントに良い人だなぁ…俺はなんとく泣きそうになるのを耐えながら思った。
「えっと…一応、準備は出来てるんですが…その、」
俺が口ごもると、キアーさんは先を催促するように目線を向けた。
「…あ…やっぱ、いいです。俺の問題ですから…」
目線に耐えられず、さっと目をそらした。
「そんな、言ってくださいよ。力になれるかもしれないです」
少し遠くで商品を見ていたキアーさんが、俺の近くまで歩いてきて言う。
あぁ、やっぱり良い人だ…!
そんなオーラに負けて、ぽろりと口がすべる。
「いや、えっと、その、天幕をどうしようかなって…」
「天幕…?」
「はい…俺の完全なミスなんですけど…天幕って支給されると思ってて…その」
「…つまり、住む天幕が決まってないんですか?」
「は、はい…」
言うつもりはなかったのに、あれよあれよと言う間に白状してしまった。
「なんだ、良かった!」
「はい?」
キアーさんが明るい口調で言う。思わず俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あ、いえ、僕で力になれることで良かったと思って…」
「え、それは…?」
恐る恐るキアーさんに尋ねる。
「僕の天幕でよければ来て下さい」
にっこりと言うキアーさん。思ってもみない返答に俺は思わず固まった。
「あ、もちろん僕の天幕でよければ、ですけど!」
キアーさんがあわあわと付け加えた。
見ず知らずの他人を自分の天幕に入れてくれるような心優しい人は、ここにいた・・・!!!
そんな事実に脳が思考回路を停止させた。
「…ヒィさん?」
キアーさんが心配した口調で俺の名前を呼んで、ようやく回路が再起動。
「あ、えっと、で、でも…悪いで」
「ヒィくーーーーーーん!!!!」
「へぶっ!」
「ヒィさん!」
断ろうとした俺に、工房へと繋がる扉から何かが飛んできた。
この声と、行動は、親父だ・・・!
「ちょ…おや、じ…!」
クロスチョップを喉にかまされた俺はむせながら親父を見る。
親父は俺のことを無視し、キアーさんの手を取り、ものすごい勢いでぶんぶんふりながら握手をしていた。
「少年!うちの子を頼むよ!!」
「えっと、ヒィさんのお父さんですか…?」
「うん!ヒィくんのお父さん!夜露死苦!★」
ばちこーんとウインクと死語をかましながら親父が言う。
「ヒィくん!天幕決まってよかったねぇ〜!」
キアーさんと繋いだ手は離さないまま、俺に顔を向けて親父が言う。
「ちょっ…、親父!いつから聞いてたの…?!」
「少年が来たときからDAZE!」
親父は悪びれもせずに言った。
「…親父…っ!」
その開き直りっぷりに俺が文句を言おうとすると、
「え、ヒィくん。何か文句ある?」
にまーっと口だけで笑う親父。
禍々しいオーラを発しているようで、親父の背後には後光ならぬ後陰が射す。
ああ、目で命令している…「親に逆らうな」、と。
「い、え…ないです」
「うん!だぁよねぇ〜!」
先ほどの禍々しいオーラとは一転、にぱっと満面の笑みになる親父。
そう、俺には選択権が、(用意されなければ、)無い。
親父は俺のことは気にかけず、キアーさんに向き返る。
「改めて、少年、うちのヒィくんを頼むよ…っ!」
「あ、はい…!」
変なハイテンションの親父をすんなりと受け入れ、キアーさんは爽やかに微笑む。
いいひとだ…
「あぁ、お父さんは嬉しい!嬉しいZO!
心優しい少年におじさんからささやかながら感謝のプレゼントだ!」
わざとらしく泣く仕草をしながら、親父が指をぱちんとならした。
すると、工房につながる扉からクヤルさんが箱を持って登場した。
クヤルさんは、親父の弟子で俺の兄弟子で、俺より年上のジーニー。
とても無口…というか一切喋らず、会話の全てを頭の上に乗せたルフが代行しているという面白い人だ。
…と、いうか、クヤルさんまで何してんだ。
準備のよさから察するに、親父とつるんで事前に準備でもしていたのだろうか…?
ずい、とクヤルさんは無言で手に持った箱をキアーさんに渡す。
「少年、受け取りたまえ…!」
「ありがとうございます…なんですか?これ」
キアーさんは礼を言いながら、受け取った箱をしげしげと見つめる。
申し訳程度の装飾の施された箱で、20センチほどの大きさ。
あれは、確か、作った商品を入れる箱じゃなかったか?
「少年は魔道具士だとヒィくんから聞き及んでね!」
あぁ、そういえば、言ったような気がする…
今考えると、家に帰って会った人のことを話すなんて恥ずかしいなぁ…
「僭越ながら、おじさん、魔道具用意しちゃったYO!」
ぴしっと格好つけて言う親父。
「いいんですか?魔道具なんてもらっちゃって…鍛冶屋さんですし、商品なんじゃ…?」
箱を手にしながらキアーさんが言う。親父はぴっぴっと立てた人差し指をふり、
「遠慮なんてノンノン。
これは、これからヒィくんが少年にお世話になることへのささやかながらのお礼さ」
お父さんとしてのね、と加えながらキアーさんの手の中にある箱のふたを開ける。
箱の中には手甲のような形の魔道具が入っていた。
クヤルさんが見計らったように説明を始める。
…詳しくは、クヤルさんの頭の上にいるルフが、だが。
「戦闘補助タイプの魔道具だよ。つけているだけで身体全体に効果が出るんだ。
念じると、自分の身体に接触している相手の重力を一時的に軽くして弾き飛ばすことができるよ」
妙に可愛らしい声のルフと無表情のクヤルさんがとてもミスマッチ。
初めはルフが喋りだしたことに少し驚いていたキアーさんだけど、しばらくすると真面目に説明を聞いていた。
「組み合った相手を飛ばしたりもできるから、使いどころを考えて使ってね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
キアーさんは丁寧にクヤルさん(とルフ)にお礼を言って、箱のふたを閉めた。
「少年、」
親父はなれなれしくキアーさんの肩に手をかける。
「ヒィくんってば、人見知り激しいし、ちょっぴり根暗で、ルフばっかり相手にしちゃうけど」
「ちょ、親父…!」
つらつらと人の欠点を述べる親父。思わず止めにかかるが、やっぱり無視された。
「だけど、良い子だから、よろしく頼むよ」
にこーっと満面の笑みをキアーさんに向ける親父。
なんだそれ…!
これは…とても…恥ずかしいじゃないか…っ!
俺が思わず押し黙ると、親父は気をよくしたように続けた。
「だからちょっと粗相をしても許したげてNE★」
「…親父っ!」
思わず怒鳴ると、親父はぺこちゃんばりに舌を出しながらキアーさんにばちんとウインクをする。
キアーさんはそんな俺と親父の顔を見ながらくすっと笑った。
「はい、もちろんです」
「〜〜〜…っ!」
なんとなく居心地が良いような悪いような感じで、思わず裏口から工房へ逃げた。
笑い声が少し、聞こえた気がした。
「良かったじゃねぇか、おい」
ラダルジャがいつの間にか出てきて、そう呟いた。
答えずに、壁を背にして顔を伏せて床に座っていると、
「なんだ、一丁前に照れてんのか?」
けらけらと笑いながら言う。
「うるさい…っ!」
無遠慮にラダルジャを叩こうとする。でも、ラダルジャはするっと避け、俺の拳は宙を舞う。
「おっと…おめぇ、ほんっとに俺の扱いだけ悪ぃよな…」
「・・・」
ぽふっとラダルジャが頭の上にとまる。
「なぁ、世の中だって悪くないだろ?」
かつて原因不明や不治の病と称された、マラリアや結核も、
研究者の血の滲むような研究で原因や抗体が発見される。
投げ出さなかった結果なのだ。
だからと言って、万人にそんな努力が出来るかというと
そうでもないけど、
少なくとも、旅立つ前から旅立ちたくないなんて気持ちはなくなった。
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旅立ちの日の前にぐだぐだごたごた。
不束者ですが、よろしくお願いいたします。笑
キアーさんお借りしましたー。
↓ちなみに、キアーさんに差し上げた魔道具。
接触している相手を弾き飛ばすことが可能です。
防御とか、攻撃補助に使えるんじゃないかな。
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