マジドが12歳のときのはなし。マシはマジドの従兄弟で風のジン。


求婚



「なあ、マーシー?」
「…なんだよ」
草を刈り取るための鎌を肩にかけながら従兄弟のマジドが俺に話しかけてくる。
珍しく低めなトーン。
どうかしたのだろうか。
…とか少しでも心配するとろくな目にあった覚えがないので少し警戒しながら返事をした。

ふぅ、と一つため息を吐いて続けた。
「いやね、なんか、女性ってむずかしいなーって…」
「・・・は?」
コイツから出てくるとは思えない言葉に、俺は脳をフリーズさせる。

なんだって。
女性が?
難しい?
コイツが?

止まる俺を完全無視してマジドは話を続ける。
「近くに少し大きな街あるじゃない?そこの踊り子のお姉さんに求婚されちゃってさー…
 さすがに求婚されたのなんて初めてだからどうしようかと思って…
 お姉さんには申し訳ないけど、まだこの年で求婚とか受けるつもりはないんだけどね。
 だけど、どうやって断ったらお姉さんを傷つけずに済むのかわかんないんだよね〜」

つらつらと勝手に話す。
俺は右から左へ筒抜けそうだったが、なんとか持ちこたえて現状理解を試みた。
求婚された?
球根じゃなく?
誰に?
街の踊り子のお姉さん?
誰が?
コイツが?
・・・・・・・・コイツ、まだ12だぞ・・・・???

「待て待て」
「ん?なに?」
「お姉さんは何歳だ?」
「さあ?」
「何?!なんでしらねーんだよ!」
「女性に年を聞くなんて失礼じゃない、これ常識よ?マーシー」
「・・・・・・・」
「まあ、俺様の見立てだと20くらいってとこかな?」
自慢げに言う。
コイツの女に関する見立てはわりとはずさないのでまあ合ってるであろう。
「…20だあ?その人、お前の年知ってるのか?」
「いんや?言ってないし」
「…じゃ、あ…」
「多分きっと勘違いしてるだろうね、17歳くらいとかと」
「・・・・・・・」
コイツは15歳の俺よりも頭一つ分ほど(いや、それ以上か…?)も大きい。
それと12歳とは思えない言動のせいでしょっちゅう年齢を誤解されている。
さすがにそれがこんなややこしいことになったのはこれが初めてだが…

「その人と付き合ってたのか?」
よくよく考えるとこのマジドが女性と付き合うというのは珍しいので思わず尋ねた。
「いや?」
「は?」
「付き合ってねえよ?」
しらっとして答えるのは俺はますますマジドを別次元のように感じた。
「…なんでそれがこうなるんだよ」
「…なんでだろうな…わからん」
心底不思議そうにマジドは首をひねった。
コイツの女性へのあの態度は無意識だということに今俺は気付いた。
いつだったかコイツは、女性へのあの態度は「礼儀」だと答えたのを思い出す。


マジドが、はぁとまたため息を吐いた。
「断るってのはどうやったって傷つけちゃうよなー…」
「だろうよ…」
俺の想像を超えた次元の話なので俺は適当に答える。
多分俺がどういう返答をしようが、コイツは聞いてないので問題はない。
「人を傷つけないで生きるって難しいね」
「…俺はお前に散々傷つけられてるが?精神的にも身体的にも」
「・・・」
「・・・」
「はあ〜…どう言おう…」
「聞いちゃいねえな」




後日、大きな宝石のついた指輪を中指につけてマジドが帰宅した。

「どしたんだ、それ?」
思わず聞くと神妙な顔で、
「エンゲージリングだって」
と答えた。
「は?断ったんじゃねーの?!」
「うん、断った。だけど、思い出にとっといてくれって」
「・・・・・・・もらうなよ」
「俺がもらうことで吹っ切れてくれるなら安いもんかなーって思ってもらった」
「…なんかやっかいそうなことするなあ…恨みなんか買ってないよな?」
「まさか。ちゃんと了解してくれたに決まってんじゃん」
へらりと笑うので俺はそれ以上何も言わないことにした。
マジドは女を神聖化しすぎだと思う。

コイツはきっと女に背後から刺されて死ぬと俺は予想する。



→後日談


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