等価交換。
世界はそれで成り立つ。


「迷ったのは誤算だったね」
少年は相棒の小さな竜に語りかける。
しかし彼女は答えない。寝ているのだろう。
彼等は予定より三日三晩多く森にいる。迷ったのだった。
故に、食糧が足りなくなるという事態におちいっている。
「…寝てるの?切ないなぁ…。
 …おや?」
落胆した顔を上げると暗い森の中なのに少年の金色の瞳には火の光がうつった。
それに幾人かの人の声と馬車の影。
「…ラッキーだねぇ。太陽神のおかげかな?」
薄暗い中で太陽を探す使命を負った少年は皮肉を言った。




「最近の稼ぎは少ねぇなぁ…」
何人かの一人が紙の束を見つめて言った。
「まぁ、ガキそのものの価値が下がってんだろ?」
何人かのまた一人が何人かの一人がもつ束を見つめ、笑いながら言った。
「しかし、稼ぎが減るのは良くねぇなぁ」
「誰かなんか提案は…」
「すみません」
座談会を広げる彼等に、彼等とは1オクターブ程違いそうな高い少年の声が降りかかった。
彼等が振り返るとそこにはやはり少年がいた。
闇に浮かび上がるような金の髪を持った金の瞳の少年だった。
こんな誰も近寄らなそうな森の中、しかも真夜中だ。
有り得るはずのない来訪者に彼等は皆、目を丸くして驚いた。
「明かりが…火の明かりが見えたもので…、お話中すみません。
僕、この森を抜けようと思ってるのですが、誤算で食糧が無くなってしまったのです。
よろしければ少し分けていただけないでしょうか?」
驚く彼等をよそに少年は淡々と話した。彼等の口を挟む余地無しに。
彼等の中の幾人はこの世のじゃないものでも見たようにぽかんと口を開け、少年を見る。
「あ、もちろん等価交換…物々交換ですよ」
少年が付け加えると、何人かの彼等のうちの一人がようやく正気に戻ったように少年を見た。
態度はあくまで、強気に、主導権はこちらに。
「良い度胸だな、坊主。一体テメェは何を出すってんだ?」
「こちらからはこれです」
すっ。
輝く固形の物質。
少年が自分のダッフルコートから取り出したものは形は少し悪いが焚き火の火を吸収し、内に閉じ込めるきらびやかな宝石であった。
「…ダイヤモンドです」
少年は何人かの一人の目の前まで近付け、嫌味じゃないように微笑みながら言った。
その何人かの一人は少年の剣幕に若干押されながらもかろうじて持ち直すと少年に反論した。
「本物かどうかわかったもんじゃねぇ、大体なんでテメェみたいなガキがそんな高価なもん…」
「最近では人の手で流通・値段を操られてるコレが高価かはともかく…、あまり知られてませんがダイヤモンドは炭素です。材料なんてどこにでもありますよ。あとはその炭素を高圧で押し込めれば…ダイヤモンドの完成」
ぽんぽんとダイヤモンドをまるでお手玉のように中投げる少年に彼等はあっけに取られた。
「ま、でも実際は口で言うほど製法は簡単じゃないですよ。僕には、『ツテ』があるので」
少年はやんわりと微笑み、輝く炭素をまたポケットへと舞い戻らせる。
「信じる信じないはそちらの勝手ですが、レプリカであれ利用法はたくさんあると思いますよ。なんせ素人目には分からない…」
少しの間沈黙が走り、森が困惑でざわめいた。
その間少年はずっとポケットの石をもてあそんでいた。
「…いいだろう」
何人かの一人が一歩前に出て言った。
それと同時に周りの残りの彼等がざわめきだす。
「交渉成立…でいいんですね?」
「あぁ」
「リーダーっ?!」
「何か俺に異存でもあるのか…?」
そう睨みを効かせて言うと残りの彼等は縮こまった。
「だよなぁ。オイ、テメェら誰か肉持ってこい」
「あ、すいませんがあるのであれば肉より野菜にしていただけませんか?」
睨みを効かせ命令をしたリーダーに少年は苦笑いで制止をかける。
「注文の多いヤツだな…」
「すいません。ベジタリアンなので」
申し訳ないように眉毛を八の字にする少年の声は楽しそうだった。
彼等のうちの一人が彼等の馬車を開ける。
するとそれの中からか細い悲鳴に似た声が聞こえてきた。
「誰かいるの?!助けてください!」
いくつかの声のうちの一人かと思われる少女が馬車の中から彼等のうちの一人の手を通り抜けて飛び出して少年たちの前まで来た。
そして少女は自分より幼い少年を見て驚いたように瞳を丸くし、言葉を飲み込んだ。
「これは今の状況を見た僕の判断にしか過ぎませんが、間違ってたらすみません。…人身売買ですか?」
少年は淡々と彼等のリーダーに問掛けた。リーダーが答える。
「人聞きの悪い。俺らは奴隷商だ」
「どちらもあまり意味も世間体の悪さも変わらないかと」
観察するように視線を少女に送ったまま、微笑んだ少年は彼に言う。
「アイツらはアイツらの親から頂いたんだ。なんか文句でもあんのか?」
「いいえ、きっと借金のカタとして返済出来なかった人から子供を取り上げたのでしょう?
 でしたらそれは僕個人としては正当な等価交換だと思います」
「…はっ、ずいぶんと荒んだガキだな。そんな持論を持ってるとはなぁ」
「荒んだとは、ずいぶんですね」
「・・・っ?!」
平然と奴隷商のリーダーと談笑のように会話をする少年を少女は混乱した様子で見ていた。
「てえワケだ。
 俺らは正当な交換でお前の親からお前をもらった。だから逃げ出そうってぇのは不正だな」
「っ、きゃあ!!」
彼が目で合図すると近くにいた仲間が少女をあっさりと取り押さえた。
かつがれている中で、少女はか細い一筋の奇跡を願い、少年を見る。
しかし少年は、恨むなら貴女のご両親をと言い、リーダーに視線を戻した。
少女は馬車の中へと連れ戻された。少女はずっと少年を見ていた。
薪が燃えてはじけてぱちんと音を立てる。
「それで、食べ物は…?」
「あぁ、待て。オイ、まだか?!」
少女が無情にも連れ去られていく様を見ても尚平然と少し微笑みさえ浮かべながらその少女より幼い少年は自分の前に立つ、それを今更に不気味に思いながらリーダーは仲間に振り返った。
「リーダー…」
そこには仲間の数人がロープや剣やナイフを持ちながら少しづつ迫っていた。
彼らの貪欲な瞳は完全に暗闇の中光るような綺麗な金髪の少年を写していた。
「テメェら…!」
「リーダー、こいつ、売ったら絶対高いですぜ!」
驚愕するリーダーの制止のような声も聞かず、誰か一人がそれを叫ぶと少しづつだった歩みを一気に早め、彼らは少年に迫った。
少年は落ち着いた様子で自分の許容半径に入った彼らを自分の瞳に収める。
「交渉決裂…残念です。」

ズシャッ

何かが土に刺さる音。
彼らの一人が持っていた剣が深く地面に刺さっていた。
少年はスレスレで半身ずらし、剣を避けていた。
「…下の物をちゃんと動かせられないお山の大将気取りじゃいつか身を滅ぼしますよ」
静かにざわめく夜の森に忠告が響いた。
小さな少年に避けられた事に驚きを隠せない彼らをよそに、少年は小さい体を生かし彼らの間をするすると通り抜け、躊躇せず森の中へと飛び込んだ。
がさがさという少年は森の中を進む音がこだまする。
ハッと彼らは正気に戻ると誰かが叫んだ。
「あのガキを追え!!」




「困った」
走りながらサンが呟く。
「非常に困った事態だ」
追手の声がガサガサという草を掻き分ける音と共に聞こえる。
あそこにいた全員で来てるのか、声は複数だ。
子供のサンが大人の足相手に逃げ切れるワケもなく、声は段々と近づいてきている。
「いたぞっ!近い!」
一人の皆を呼ぶ声が夜の森に響いた。
サンは眉毛を八の字に傾け、また呟いた。
「あぁ…、どうしよう」
「へっ、今更後悔したって遅ぇんだよ!」
どこからか先回りしたのかサンの前に先ほどの奴隷商のうちの一人が躍り出た。
手にはナイフを持っている。
サンの容姿を足元から頭のてっぺんまで視線を動かし確認すると、
「ホントは生け捕りがいいんだがな、死体をビンに入れて観賞用にするってー物好きもいる。
 覚悟しろよ、せめてもの慈悲に痛くないようにしてやるよ…」
狂ったようにけたけたと笑い、ナイフを愛しげに一舐めするとそれを振り上げた。
サンの後ろには追いついた奴隷商達が、よしやれ、そこだ、と叫んでいた。
ナイフがサンの顔面に収まる直前サンが小さく呟く。
「殺意確認…命には、命で」

ゴゥッ

夜の森が一瞬で一面真っ赤に染まる。
もんわりと嫌な異臭があたりに広がった。
「はぁ…、困ったなぁ」
赤色の中に一人、立っている。
「食事…どうしよ」
真っ赤な、真っ赤な炎の中でサンは困ったような表情をしながらコートについたほこりを払う。
彼の前には以前は何だったかも分からない真っ黒こげのモノがあった。
異臭の根源はそこのようだ。
奴隷商達は目の前の光景に頭の処理がついていかず、呆然とサンを見ていた。
「…それにしてもくさい。
 いつ嗅いでも嫌な臭いだな…人の焼けた臭いって」
「ヒッ・・・!」
「ばっ、化け物・・・!」
サンの言葉ではじかれたように奴隷商達は火の無い場所を掻い潜りまるで蜘蛛の子を散らすが如く一目散にどこかへと消えてしまった。
パチパチと火がはじける音があたりに響く。
暗いはずの夜の森は異臭と炎にまかれ、赤く光っていた。
黒い物体と残されたサンはひとつ息を吐き出して言う。
「ありがとう…、ピエラ」
「ぷぴゅ!」
サンのコートの中からピエラが元気よく飛び出した。
よく見るとサンの襟元は焼け焦げてボロボロで、巻いていたマフラーはこげとなって彼の足元に落ちていた。
「君が起きてくれて助かったよ、君の炎無しでは死んでたね」
彼に言われ、ピエラは誇らしげにぷっとひとつ火の玉を吐き出しくるくると嬉しそうに回る。
その動きにあわせ、彼女の首の鈴が可愛げに音をたてた。
そんなピエラをサンはそっと両手で捕まえた。
「さぁ、もう行こう。火が回ってしまっては大変だ」
「ぷっ!…ぷ、ぷぴゅう!」
そう提案したサンに彼の両手から必死にピエラは這い出ると彼に何か反論した。
彼女の言葉にサンは一度考えるように黙り込むが、にこりと笑ってピエラに返した。
「君がそう言うのなら、そうしよう。
 ただし、助けはしないよ。そのあとは彼女達次第さ」




奴隷商のリーダーももう逃げたようで、そこには誰もいなかった。
「バカとはさみはちゃんと使わえなくちゃ。
 使い方次第で吉も凶も出る…」
言いながらひょいっと落ちていたものを拾う。馬車の鍵だ。
「これは僕にとって吉でも凶でもないけどね…、唯偽善事業はあまり趣味じゃない」

カチャリ
ガシャ

開けると先ほどの少女と、あと数人の子供が小さく縮こまっていた。
恐怖から皆かかすかに肩が震えている。
先ほどの少女が開けたのがサンだと気付く。
「君はさっきの…何が起きたの…?」
「開けました。
 外は火事です。出て逃げるも、ここで焼け死ぬのも…あなた達の自由です」
それだけ言うと鍵を馬車の中の少女に乱暴に鍵を放る。
子供達は呆然とサンを見ていたが、サンはそれを気にもかけず踵を返した。
ガラガラと木が焼け落ちる音が聞こえる。
温度も上がってきた。大分火の手は回ったようだ。
少し見渡すと離れたところにいるピエラを見つけた。彼女はしきりに一点を見つめていた。
「なにがあるんだい…」
サンもガサガサと草を掻き分け、ピエラの元へ行くと同じ方向を見る。
そして、あははと思わず声に出して少し笑う。
「不幸中の幸いとはこのことだね」
サンは町への矢印の書いた看板を満足そうに見つめた。
「これで問題ない」
行こう、とピエラに一声かけると少年は燃え盛る森をあとにした。








目には目を、歯には歯を。
殺意には命を。

たまには偽善事業なサンくん。
最初は鍵を開ける予定はなかったんですがここまで来てそれは外道かな。とか。
や、私個人としては「サンは外道」でも良かったんですけどね。笑
あ、あ。わかりにくいですが、持っていたダイヤはピエラに作ってもらっています。すっげー!ピエラ。笑