ああ、私の坊や。 何も出来ない私を許して。 あなたを雪空の下置いてゆく事を許して。 後ろ髪引かれつつ、そっと…割れ物を扱うようにそっと毛布に包んだそれを置く。 もう一度正面の扉を見上げた。 太陽神が慈悲深く微笑む扉。神は全てを脆く美しく愛しいものとして包んでくれる。 「どうかこの子…ルシュヴェイをお願い致します。」 最後に毛布の中の罪の無い赤ん坊の頬にキスをする。すっかりと寝入っていて、天使のような寝顔が毛布の中から覗いていた。 もう行かなければと目をぎゅっとつぐんで勢い良く背を向け、走り出す。 ドン! 何かにぶつかり、雪の中にしりもちをついた。 「っと、すいません。だいじょうぶですか?」 見上げると不思議な金の瞳の少年が立っていた。どうやら彼とぶつかったようだ。 少年は申し訳無さそうに、すっと手を差し出した。 行為に甘えてその手をつかんで立ち上がる。 その瞬間、 「ふえーーーーーー!」 愛しい我が子が泣いた。 寝ていたハズなのに…、先程のぶつかった音で起きたのか… 「…あなたの、お子さん?」 おそらく私はかなり取り乱したのだろう。 少年はそれで事情を察したのか、微笑むようなけれど感情のない表情で尋ねてきた。 違う、違う、そう言えばいいのだ。 けれど、その残酷な言葉は喉より先には出てくれはしなかった。 「こんな世の中ですものね、赤ん坊にかける時間もお金もありませんよね。」 我が子の泣き声をBGMに少年は言う。 「やはり、世界が寒いと人の心まで寒くなるのかなぁ…」 泣き声はおさまらずに増すばかりで、私はそこから釘で打たれたように動けず、少年も一向に立ち去ろうとはせずに私を哀れなものを見るように見ていた。 「僕はあなたを責めるつもりはありません。そんな権利も必要性もないと思っています。 ですが、『違う』という言葉の出ない生半可なあなたに忠告です。 あなたのする事はこの子の選択権を奪っています。この子に一生のトラウマのある人生を背負わせています。」 吹雪が冷たく頬を打った。 少年の言葉は冷たい雪といっしょに私の元へと届いた。 「このままではきっとこの子はあなたを恨むでしょう。自分を親無しへとしたあなたを、自分をいらない子にしたあなたを」 「い、いらない子なんかじゃないわ…!!」 「ですが、そんなあなたの想いなんてこの子には届きません。この子に残るのは、あなたのそんな愛情じゃなくて捨てられたこの子だけです」 「う、恨まれるのは…覚悟の上だわ」 「では何故、この子を殺さないのですか?」 無数の雪が吹き荒れた。 この少年はなんと言った…? −−−この子を殺さないのですか?−−− 我が子を、出来るわけないじゃない…! 「だから、生半可なのです。」 私の想いを汲み取るかのように少年が言った。 「捨てるくらいなら親のあなたが殺してあげてください。教会に預けたからといって充分な暮らしが保証されるわけではありませんよ。 出来ないあなたに、この子を捨てる資格はありませんよ。 確実に恨まれ、ですが生きているかも定かではない子を想いながら独りで生きてゆくか。 満足な暮らしじゃなくても暖かなこの子と共に、暗がりの世界を生きてゆくか。 どちらに、しますか?」 真夜中の雪が冷たく大きく。 でも灯に照らされ、白く光っていた。 「ふえーーーーーー!」 「…っ!」 ずっと泣いていたハズのルシュヴェイの声が急に耳に入る。 愛しい我が子が泣いている。 「ルシュヴェイ…!!」 === 肌の暖かさを確かめあう親子を背に、サンは白い息を吐いた。 「きゅーっ」 首元から声がする。いつもサンの服の中に隠れているピエラだ。 「なんだい?ピエラ」 まだこの夜の寒さはピエラにはきつい。 サンは服の中からピエラを出さずに彼女に応えた。 ピエラはきゅーきゅーと鳴き声を放つ。普通の人が聞けばただの鳴き声だが、サンにはちゃんと意図が通じているらしい。 「なんであの子を助けたのかって?」 「ぷっ」 「まあ、助けたワケじゃないし、助かったワケでもないと思うけど…。 そうだなあ…、しいて言うなら、今夜はとびきり寒いから…かな」 「ぷ…?」 疑問符まじりのピエラに、サンは気にする程じゃないよ、と付け加えた。 不完全燃焼なのか、納得のいかないような鳴き声がかすかに聞こえ、サンは微笑ましく思った。 ふと自分の手を見ると、寒さのせいか真っ赤になっていた。 いい加減長居すべきではないなと思い、サンは足をはやめた。 最後にたまにしかお目にしない太陽神の像を見やる。 神々しく、もしくは冷たく像は光っていた。 そんな像に目を細め、睨む形になる。 神はそこにいるだけだった。 「上から眺めてるだけで誰を救えるんだい?」 サンの投げかけに神は答えず、 「しょせんあなたは創造物だ」 サンもその場を去った。 神の救いの手の前には現実という壁がある。 コレ書いたの半年前(遅) クリスマスにアップしようと思ってたんだけど、なあ。。 |