ふんわりと温かなスープの香りがした。

…どうして?
お母さん?
・・・まさか。
何淡い期待を持ってるの。
目を覚ませ、私。
これは私のくだらない期待が生み出した悪夢だ。
現を見るの。
目を開けるの…


「やめなさいよ、なんだかうなされてるじゃない」
「えー、きっと良い夢だよー。だってあったかいスープだよ?」
目を開けたその前には視界全体に広がる陶器の器、の花柄?
「なに・・・」
そう低く声を出すと、花柄が無くなり、天井が見えた。
「あ!おっきたよー!起きたよ!」
体が大きく振動する。と、いうかベッドが揺れた?
「はしゃぐな、ていうかベッドを揺らすな。もう、貸しなさい!」
「あー、取った〜」

ゆっくりと視界の端からスープの器の再登場、と共に赤茶の髪の女の人が顔を出した。
やんわりと微笑む。
「寒かったでしょ?お食べなさい」
ふんわりとまた温かなスープの香りが鼻孔をくすぐる。

夢じゃ、ない?



上半身を起こす。
スープを飲むためというより、状況把握のため。
起きた先には、先ほどの女の人と…

「元気?もう大丈夫かな?」

金髪金目の頬に紫の紋様のはいったタンクトップ姿の男の人。
何、ていうか何。その、この世界じゃ有り得ないカッコ。

「ん?どした?」

笑顔で私を覗き込む。
その瞳にはどこか見覚えがある…
・・・・、
・・・・・・・、
・・・・・・・・・・っ!!!


 ばすっ

「いったぁ!」

手元にあった枕を目の前の彼にあて、ベッドの上に立ち上がる。
彼が痛かったかなんて、気にしてられない!
それより!

「あなた、誰!?何!?」

目の前の、私と同じ不思議な瞳で私と同じ紋様のある男に怒鳴る。


彼はにやりと笑う。


「落ち着いて。ね?」

なだめるように笑いかけられると急に取り乱したこっちが馬鹿のようで、
大人しくベッドに座った。

「うん、ヨシ。じゃあ、人のこと聞く前に自分。君は、誰?名前は?」

私の、名前?
ないわ・・・
名前なんて、ないわ・・・

私が黙っていると、可笑しい男の方から切り出してきた。
「わかった、」
何がわかったのよ。
「またあの女…懲りずに産んだんだな。呪われるのは分かってたはずなのに…」
「ちょっと」
スープを持って後ろに待機していた女の人が彼の金髪の頭をぺちりと叩く。
そんな彼女に彼はだいじょぶだよーと笑って返して、私の方を向いた。

「僕は、サン。サーチ・サン…」

にこりと笑う。
何…太陽…探し?

「そして、

 多分君のおにーさん」



・・・、
・・・・・は。


「およよ?だいじょぶ?ショートした?」
目の前に現れる不思議な見慣れた金の瞳。
「・・・うそ」
「え?」
「うそ!!」

 ばちん!

思い切り目の前の顔をはたく。
だってこの人…この人…!

「あー…ごめごめごめ…」
私がはたいたにも関わらず目の前の人は変わらずにこりと笑い、私の頭をなでた。
「急だったね、きっとわけわかんないってわかってる。だから…」
彼はベッドから下り、窓際へ向かう。
「ちょっと待っててね」
それだけ言うと窓を開け、冷たい雪の舞う外へタンクトップ姿で飛び出した。
寒く、ないのかしら…?


「まったく、段々とフレディに似てきて嫌になるわ。あんな子に育てた覚えはないのに…」
「え?」
「いや、こっちの話」
女の人がぼそぼそと何かを言うので疑問符を頭の上に乗せたが疑問符の返答はなかった。
彼女は一歩引いていたところから、ベッドのそばに来て座った。
「拒絶をしないであげてね、あの子も精一杯だから」
「え、どういう意味ですか…?」

「ただいま!」
「あら、おかえり」

雪の吹き荒れる外からあの人が帰ってきた。頭や肩に雪を乗せて。
そして、腕には大きな雪ウサギを抱えている。
腕は、着ているものはタンクトップなので地肌。
当然冷たいはずだ。なのに彼は平然と笑顔を見せる。
これの意味するところは・・・

「わかった?僕は、探し人」

にんまりと笑う。


探し人・・・
資格を与えるものに、五感を捧げ、自らは寒さを感じえぬ身体となる・・・

村で、読んだ文書に載ってた…
…私がなるべき…と…言われていたもの…。


「読んだ文書と違って、実際は五感全部は取られてないんだよね〜」


雪を両手で抱えながらにんまりと笑う。


彼が、探し人…?

じゃあ、私は?


胸の奥が、熱いスープを飲んだ時みたいに、焼けるように熱くなる。

「私の…私の意味を、否定しないでよ!!」


声を張り上げる。
二人は、あまり驚いた顔はしなかった。

「探し人なんて…私を追い出すただの作り話だって思ってた!
 でも…でも、」

鼻がつんとして、

「それだけなんだもん…私の意味…」

頬に何かが伝う感触がした。


だから、だから私の名前は…



「幸せを探して」

あの人の声。

「・・・?」

私が不思議そうな顔をすると。

「君は、君が僕の妹であるだけで、君である意味はあるんだ」

すとんと私の目の前に目線をあわせ座る。

「だから、君は君のために、君の思うことのために幸せを探して」

彼は微笑む。

「君の名前は、ハッピー。サーチ・ハッピー」


安直でも、
名前を呼ぶたび思い出せるから。

「ハッピー・・・幸せ・・・?」
「そう」


「なんだか犬みたいな名前ね、それ」
「うぉ、ヒドイなぁ!僉!ハッピーに謝りたまえ!」
「ふ…そうね、ごめんなさいね?ハッピー?」

僉と呼ばれた女の人が私を覗き込む。
呼ばれたのは、私。

「嬉しい…」


「あぁ!」「あ」
「え?」
二人に声を揃えて感嘆文を言われた。

「だって、」
「やっと笑ってくれたね、ハッピー」

言われて気付いた。
笑顔なんて、いつぶりだろうか。






「ねぇ、サン」

翌日、門のところで雪かきをするサンに声をかけた。
彼は振り向くとものすごく嫌な顔をした。

「なんでおにーちゃんって呼んでくれないの?」
「・・・そんなこと・・・
 だって、ホントに兄なんだかよくわかんないんだもの」

サンがスコップをぐさりと雪に刺して、私と目線を合わせるためにしゃがむ。
あのスコップは確か庭に刺さってた気がするわ。

「分かってるでしょ?あの村のこと」
「…一人の年頃の娘が呪いを賜る。その賜りしものは生涯続き、その子供は呪いの紋章を得て生まれる…欠落しし子供」
「そ、どっかでその欠落がイコール寒さの感じない探し人になったんだろね」
サンは、やっぱり寒いのにタンクトップ。
「だから、僕と君は兄妹でしょ?」
自分の頬の紋様を指し、私の頬を突っつく。
しょうがなく首はたてに振るが、
「でも、おにーちゃんとは呼ばないわ」
そう言い放つとサンは沈没した。

だって、私は名前のほうが好きなんだもの。
でもそれは言わない。

っと、話をすりかえられた感!


「ねぇ、サン!」
「はーいー?」
雪の上にうつ伏せる彼に話しかける。

「本当にあなたは、太陽を探してるの?」

「そうだ!!」
「わ!」
サンは急に起き上がると大きく空を仰ぐ。
そして呼びかける。

「ピエラ!」


「ピュイ!」

なんだか可愛らしい声と共に、風が吹いたかと思うと、

「きゅう〜♪」
「!!」

目の前に本でみたような竜みたいな、竜にしては小さいような不思議生物がいた。
思わず驚き後ずさると、サンが怖くないよ〜と笑った。
不思議生物はサンにデコちゅうすると、彼の肩の上に停まる。

「ほらピエラ、一昨日雪山で拾った子だよ、名前ハッピー!僕の妹!」
きらきらおめめで紹介された。
「ぴゅう♪」
可愛い声で鳴かれてデコちゅうをされた。
なんだか憎めない。
「彼女はピエラ」
メスなんだ…
「ピエラは、資格を与えるものなんだよ」
資格を与えるもの…
本当にいたのか。ていうか、いるかー。
なんとなく冷静な気持ちになる。
目の前に雪景色にも関わらずタンクトップ姿の男がいるから。

「それで、僕とピエラは世界を変える旅をしている」

「世界を…変える?太陽を探すって…こと?」

「違うよー」
へらっと笑う。
けど次の瞬間すごく真面目な顔になった。

「世界はね、太陽が無くても暖かくなれるんだ。
 太陽の暖かさを請う人は、ずっとずっと離れたところにある太陽よりすごくすごく近くにある、楽しいとか幸せとか…そういうのの方が暖かいって知らないんだね」

「楽しいとか…幸せ…?」

「そう、だからきっと、世界を変えれば、世界は太陽なんか無くても暖かくなれるんだ」



それはきっと、途方もないことだけど、
太陽を探すことよりかは、出来そうかもって、
ちょっと思った。



「だから君は、幸せ探し、ね?」
「・・・うん」
にこりと笑う金色の瞳。


外だけど、暖かい。暖かい。






翌日サンはピエラとどっか行った。

僉いわく、
「まぁ、そのうち帰ってくんじゃない?」
とのこと。

私は僉のおうちにいていいらしい、
というより、
「アタシ、妹も欲しかったのよね!」
と抱きつかれて、着せ替えの刑に処された。











私はハッピー。
サーチ・ハッピー。
幸せ探して町の端からあっちの端まで駆け巡る。
頼りない兄様の役には立ててるかしら?


少なくとも、走ってる間は暖かいからきっとオーケー。












and more secret!