ヒィ:砂走りの街にて旅立ちの前に。


天幕がない話。



旅立ちの日が目前に迫っていた。

それでも俺はぼんやりと鍛冶屋のカウンターから空を見る。
この空を見るのも、もうわずかか…
一生帰ってこないわけじゃないのに、なんとなくセンチな気分になる。

 からん からん

「いらっしゃ…あ、マジドさんにハルちゃん」
「いよぅ、ひーちゃん!」
「ひっくん!元気っすか!!」
「あ、わわ!」
マジドさんの首に絡みついていたハルちゃんが元気よく俺のほうに飛んできた。
かろうじてそれを受け止めると、ハルちゃんは満面の笑みを浮かべる。

初めてマジドさんがうちの鍛冶屋に来て、俺がキャラバンのことを教えてもらって、
キャラバンに参加して…
それからというもの、マジドさんとハルちゃんは時折うちの鍛冶屋を訪れてきていた。

用があるときもあれば、用がないときも。

マジドさんは図々しくカウンターの上に座り、俺に抱きついているハルちゃんを愛犬を見るご主人の如くに見る。

…この様子から察するに、今日は「用がないとき」だな。

こういうときは、「何か用ですか?」とでも言おうものなら横暴な仕打ちを受けること間違いなしだ。
俺は数十日でマジドさんのいじめパターンを読み取った。

「ひっくん!じゅんびはバッチリっすか!?」
「準備??」
俺の眼前でにぱーっと花でも散らさんばかりの満面の笑みでハルちゃんが言う。
「お、そだな。そろそろキャラバン出発だ。準備出来てんの?」
ハルちゃんの問いかけに便乗し、マジドさんも俺に問う。
「あ、え、えぇ…一応してるつもりですが…でも何が必要ですかね…?」
旅なんかしたことのない俺にはいまいち旅で必要なものがわからなかった。
文献を参考にしようと色々見たけれど、冒険記には「用意するもの」なんて載ってない。
「ん…そーだなー、はるやん、何が必要だと思う〜?」
「はるが思うに、ひつよーなのは勇気とやる気とこんじょーっす!!」

勇気と
やる気と
根性・・・!

予想外の答えに俺は少しくらりときた。
あぁ…砂漠を乗り越えるには時には物的準備よりも耐え得る精神のほうが必要なのかもしれない…。
まさに、目からうろこだ。

「でひゃひゃ!はるやん、おもしろいねぇ〜!」
心底可笑しそうにマジドさんが腹を抱えて笑っている。
…あれ、ハルちゃんの言い分は間違ってるのだろうか。

「まー、それも必要かもね!あー、うける!」
「まーくんは何が必要だとおもうっすか?」
今度は逆にハルちゃんがマジドさんに問いかけた。
問われたマジドさんは「うーん」と唸りながら手をアゴにあて、わざとらしく考えるポーズを取りながら、
「ずばり、大きなサボテンだな」
「おーきな?」
「サボテン…?」

「うむ、サボテンには水分が含まれてるからね!水不足のときに使える!」
マジドさんがアゴに手をあて、力説する。きらーんとでも擬音をつけたくなってくる。
「しかも、サボテンにはトゲがある!」
がっ、とマジドさんがカウンターの上に立った。おぉーとハルちゃんがあんぐりと口を開けながらそれを見上げる。
「そのトゲを利用して、サボテンは武器になる!まさに一石二鳥!!」
「おぉー!まーくん、すごいっす!」
カウンターの上に立ちながら力説するマジドさんにハルちゃんはぱちぱちと拍手を送った。

・・・真面目に答えてない。

あぁ、いや、マジドさんが一度でも俺の問いに真面目に答えただろうか・・・
所詮、マジドさんにとっての俺の問いなんて、そんなものなのさ…

思わずブルーになりかけていると、マジドさんが再び口を開いた。
「ま、冗談はさておき、」
「じょうだんなんすか?!」
「ひーちゃんは護衛で申請してるんだから、護衛で使うものと、あと自分の生活必需品。
 食事なんかは最低限は支給されるから心配はないよ」
さらりと真面目に返答した。

マジドさんが…真面目に…!!!

少しその裏には何か思惑があるんじゃないだろうか、と疑った目をしてると「何疑ってんの。ひどーい」といわれた。
疑われるような、前科があるのが、いけないのでは・・・?

「あ、そだ。あとは、天幕かな?」
マジドさんが思い出したように付け加えた。

・・・ん・・・?
天幕・・・?
え、あれ・・・?

「…それって支給品じゃないん…ですか…?」
おそるおそる事実確認をする。
マジドさんはさらりと答えた。
「んにゃ、基本は持参。
 …まぁ、集団住宅みたいな大きい天幕はまだ入れるとこ、あると思うけど…」
少し考えながら、金髪の青年風少年はにんまり笑顔で続けた

「ひーちゃん、他人と集団生活できんの?」
「!!」

マジドさんの言葉に衝撃を受けてると、彼は俺のリアクションにげらげらと笑う。
あぁ…彼の言うとおりだ。
俺はそんな、集団の寮のような場所で生活出来るような人間ではない…
他人との区切りが、ないなんて…見ず知らずの人と生活するなんて…

「だいじょーぶっすよ!ひっくん!」
明らかに鬱ってる俺にハルちゃんが笑顔で話しかけてくる。
「はるたちのてんまくに…」
「はるやん、それ無理」
「あれー!」
ハルちゃんの提案を言い切る前にマジドさんが却下した。
そういえば、ハルちゃんとマジドさんは一緒の天幕にいるらしい。
それで、ハルちゃんは俺をそこに誘おうとしたのだろう…でもマジドさんによって却下された。
「な、なんでっすかぁ〜!?」
「はるやん、俺様の天幕そんなに大きくないの。定員オーバーよ」
ハルちゃんの抗議をマジドさんは笑顔でさらりと流した。

却下されたハルちゃんはごめんなさい…といわんばかりの目線をこちらに向けた。
「…あ、えっと、へ、平気だよ…うん、俺、自分でどうにかするから…」

ハルちゃんの目線があまりにも健気だったので、見通しの全く立たない問題に大丈夫と答えてしまった。

だけど、俺には新しく天幕を買うお金がない…

旅立ちの日は目前。
ここにきて重大な問題に差し掛かってしまった。






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