木も枯れる寂しげな雪山に二つの影が浮かぶ。 びゅうぅぅ 雪と共に横なぐりで風が吹いた。 「さびーーー!!!」 雪山を進む二つの影のうちの大きい方が叫んだ。 叫ぶと同時に歩みを止めたので小さい方が大きい方の背中…のスコップにぶつかる。 「あ、ごめそ。サンくん」 「…先、僕が歩こうか?」 「いやー、それは無理!」 少年の頭に手を置きながら申し出を断り、 「だってサンくん小さいじゃん」 置いた手をスライドする。すると手は彼の腹部に当たった。 サンはその手を複雑な顔で見つめる。 しばらくして、彼の手から彼の顔へと視線を移動させた。 「なんで、無理矢理にでも連れて帰らなかったの?」 「あ?」 サンの問いにすっとんきょうな声をあげるフレディ。サンは続けた。 「だって、しようと思えば出来たはずだ。無理矢理一緒に来てる」 目の前の深紅の人を指さす。 指された人物はうむーっとうなり声を上げながら考えるポーズを取って、しばらくして雪の中を平然とする少年に向き直った。 「だって、あそこにいたくなかったんでしょ?」 言いながらくりっと首をかしげる。 サンの言葉が詰まる。 深紅の人はにんまりと笑った。 「まぁ、今更戻れないし、もうすぐ山頂だし。行こか!」 ぐいっと少年の手を引くと、またも強引に雪の中を歩き出した。 枯れた木の陰に潜む黒い影が動いた。 いくつかある黒い影は、雪の上を素早く移動し、他の黒い影と合流した。 「…間違いないか?」 「おそらくは、アイツに違いないでしょう」 その言葉を聞くと、黒い影は不敵な笑い声がこぼした。 「隙を狙え。一発で仕留められる隙をな」 首からかけた懐中時計を開く。時刻は22時を指し示していた。 「夜通し歩くわけではあるまい、寝首をかくか…。散れ!」 その掛け声と共に、黒い影は四方六方へと散った。 二人は下りの景色を見ていた。 「ふぁ…山頂、かな?」 「まぁ、真上じゃないかもしれないけど折り返し地点だね…」 フレディはごそごそとポケットから時計を引っ張り出すと、目をこらして見つめる。 「ん〜〜〜…もう無理かな〜?」 うなる深紅を金色が覗き込む。 「何が?」 「ん、サンくん野宿経験は?」 「森とかなら…。さすがに雪山は無いけど」 「じゃあ初体験だね!」 にこり、笑顔である場所を指差す。 「…洞穴…?」 ぽっ マッチの明りが暗い洞穴内部を照らす。 洞穴は深くはなかったが雪はしのげるくらいの大きさだった。 マッチを火種にして火を起こすと洞穴内はあっという間に明るくなった。 サンは洞穴内が焚き火で少し温まったのを確認するとマフラーをはずす。 「ピエラ、寒くなかった?」 マフラーで覆われた小さな竜にそう話しかけるが、彼女はまだ寝ていた。 二、三度なでると焚き火のそばに彼女を下ろした。 そして今度は雪を懸命に払っている深紅の彼に目を向けた。 「ねぇ、さっきの話の続き…」 話しかけられ、目線を合わせる。 「どれかな?」 「とぼけないで。なんで僕のこと知ってるの?」 きっと睨む。その視線を受け、深紅は肩をすくめ、腰を下ろした。 「このまま行くとたどり着くこの雪山のふもとの町はどこかわかる?」 「質問してるのはこっちだよ」 サンの言い分を無視し、フレディは自らのペースのまま続けた。 「君にも…オレにも、ゆかりある町さ」 「…?」 少年は相手の意図が理解出来ず、焚き火ごしに相手の読めない顔を見つめる。 深紅は、少年の視線を感じつつも顔を上げず尚も火を見つめ言う。 「あの町にはアイツが、僉がいる」 「!…僉…を、知ってるの?」 思いもよらぬ人の名前が飛び出し驚くサンと対照にフレディは苦笑いをした。 ようやく顔をあげ、少し申し訳ないような笑顔で、 「知ってるも何も、アイツはオレの妹だ」 「え!?ウソ!」 思わぬ人物の名前が出て驚くサンの表情を見てフレディはリアクションどーも、とまた苦笑いをした。 サンが怪訝な顔でフレディを見つめ、問い詰める。 「本当に本当なの?」 「こんなことウソついてどーするのよ」 けらけらと笑うフレディをまだ怪訝な顔で見つめた。 「だって…髪の色が違う!僉は赤茶だ!」 「異母兄妹なんだ。僉のお母さんはオレの父親の後妻、だから同じ赤目だろ?」 フレディが自らの目を指差す。うさぎのようなその目は、僉のそれと同じ色だった。 う〜っとサンがうなる。 認めたくないの?っとフレディが笑うと、そういうわけじゃないけど…と口ごもった。 「まぁ、確かに、小さい妹置いて旅に出て、犯罪犯してるような兄貴だ」 胸張って自慢は出来ないね、と付けたして深紅は笑う。 彼の頭から垂れた深紅の髪の毛が焚き火の火の色に混じる。 それきり何も言わないフレディに何か言おうと、何を言おうかとサンは考えた。 そしてふと思い出す。 どこかフレディに感じた僉と似た感じの理由はこれか… 「ねぇ、フレ…」 「!」 サンが話しかけるより早くフレディは急に頭を上げる。深紅の髪は宙を踊った。 ピエラもぴくりと起き上がる。 「こんなとこで来るたぁいい度胸してんなぁ…奇襲狙いかぁ?」 フレディがにやりと笑う。しかし空気はピンと張っていた。 「どうし…っ?!」 急に明りが消え、洞穴が暗闇と化す。 と同時にふっと体が浮く。 「な、何?!」 「サン、静かに。明りはオレが消した」 耳元で小さくフレディの声。 サンはフレディに担がれていた。 何が起きたか問いただそうとしたが、静かにと言われたので口をつぐんだ。 暗闇の中、冷たいものが顔にあたる。洞穴から外に出たのだろう。 「ピエラ、前方俯角30度だ」 「っぷぅ!」 フレディの小声に次いでピエラの声。と時を同じくして前方ピエラの炎が遠方まで舞う。 「ぐあぁぁぁ!」 「!」 静寂を破る男の悲鳴と共に、炎は闇に消えず一所に留まる。炎の中には男の悶えるシルエット… 火だるまの業火が闇の世界をぼんやりと照らす。 そこには五人の男達が立っていた。 火だるまの男以外誰一人、声を出さずににらみ合う。 寒い雪山を男の悲鳴だけが響く。 深紅が口元を緩め、目の前の男達に問いかけた。 「助けないん?」 目で指し示す。 「これで終わるならそれまでの命だということだな」 男達の中心に立つ時計を首からかけた髭の男が言う。 「冷てぇのな」 目を細め、微笑むようにして、鼻で笑う。 「貴様に冷酷などと言われるとは思わなかったな、スコーピオン」 髭の男がにやりと笑う。 スコップを持った紅い殺人鬼は動じず、同じく笑った。 「やっぱり、野党とかそんなのの類じゃないのね。あんたらは」 髭の男がアゴで示すと、隣の男が懐から紙切れを出す。 「貴様の首、貰い受けようか」 紙切れ…サンが見た新聞のような切り抜きの紙切れを見てフレディは楽しそうに口笛を吹いた。 「ひゃあ、そんなんでよくオレ様だって分かったねぇ?上様からかしらぁ?」 にんまりと笑うと、髭の男が答える。 「…貴様の所為で被害を被った貴族はお冠だ」 火だるまが崩れ落ちる。 もう悲鳴は聞こえない。 死体に貪る火がぱちぱちと音をたてた。 崩れ落ちた火だるまを横目に、フレディは髭の男と会話を続けた。 「あっはー、自業自得じゃねぇの?」 自信に満ちた笑みを浮かべ、男を見る。 「いつまでその笑みが浮かべられるか」 「はんっ、奇襲狙いで失敗した三流が何を言う」 気配はもっときれいに消せよ、とフレディは男達をせせら笑う。 「分はこちらにある。そんな荷物かかえて我らを凌げるのか?捨てたらどうだ、殺人鬼」 死体を貪る火はどんどんと降り注ぐ白い結晶に負け、小さくなる。 「生憎、これは荷物じゃなくて大切な約束の大事な宝物でね…そう簡単には捨てられないのよ」 消える瞬間、少ない火はばちりと最後の力で大きく燃え上がる。 「後悔しても知らぬぞ」 「そんな言葉、オレ様の辞書にはないね」 じゅっ 火は音をたて消えて、薄暗い闇が世界を支配した。 軽い足取りで駆け出す。 風の速度に走る速度が足されて、顔にあたる雪がより痛くなる。 「フレディ、降ろしてよ!」 ずっと彼に抱えられたままだった宝物が言う。 「僕はお前の足手まといになんかなりたくない!ある程度なら立ち回れる!今までこの世界を独りで生きてきたんだ」 サンのその言葉を聞くとフレディはゆっくりと彼を雪の上におろした。 正面に立たせ、深紅は膝を折り目線を同じにする。 「オーケィ、わかった。…でも独りじゃなかったでしょ?」 フレディがそう言うと、小さな竜が二人の間に舞い込んだ。 そして小さく鳴いて自己主張をする。 その姿を見てサンは思わず頬がほころんだ。 「そうだね、君がいた…」 いつでも時を同じくした竜をなでる。 ざっと、二人は背をあわせて立つ。 「来るよ、サンくん…無理はしないでね、君はオレの大切な弟ダカラ」 「なにそれ、友達じゃなかったの?」 「お友達でも良いけど、サンくんは僉ちゃんの弟でしょ?じゃあ、オレの弟でもあるよ」 「…なにそれ…ま、いいけど」 「わーい、うっれしーい!」 黒い影が空より降り落ち、二人は散る。 「またね!」 無駄なアクションで高くバク宙をしながら片手にスコップを持った深紅が笑う。 空から降った影を引き連れたフレディが十分離れるまで見送ると、サンは正面に向き戻る。 「ピエラ、大丈夫?」 連続して炎を吐くことがあまり得意ではない小さなピエラを気にかける。フレディには見栄をはったものの、彼にとっての主戦力は自らの身ではなくピエラだ。 身の小ささと素早さで相手を翻弄するしかない術のない自分を少々情けなく思う。 「ぴゅい!」 ピエラが元気よく返事をする。 今はまだ、彼女に頼るしかない… 「ありがとう」 そう言うと、急にしゃがむ。すると、 しゅっ サンの頭があった場所をちょうどナイフが通過した。背後から舌打ちが聞こえる。 「じゃあ、頑張ろうかな」 ピエラは高く高く舞い上がり、サンは軽い駆け足で枯れ木の森の中に入る。 思ったとおりに背後にいた男はサンについてきた。 こちらに走ったのは逃げるためでなく、障害物の多い場の方が動きやすいから。 なのでサンは男に追いつかれるとピタリと足を止める。 「諦めたか?」 追いかけてきた男がサンに問うた。 「それもいいかもしれませんね」 しれっと答えると男がサンを睨む。 「では、望み通りにしてやろう!」 懐から隠しナイフをすっと抜きだし、一瞬で間を縮め、サンに振りかぶる。 サンの頭上でナイフが光る。 サンはにこりと笑った。 「それは嬉しいことです」 男の視界からこつぜんと少年が消える。 少年は男の懐にいた。男はそのまま少年を締め付けようと振り上げた手を少年に寄せるが、それよりも早く少年は男の肩までとんっと登り、背の方へと降りる。 男が少年を目で追い振り返ると少年は男を待つようにそこにいた。 少年は薄く微笑みを浮かべる。 「死ね…!」 舌打ちをし、今度は先ほど持った子供だからという容赦を捨て、ナイフを持つ腕をあげ飛び掛る。 ナイフが少年の元へと届く前にまた少年は姿を消す。少年は枯れた木々の方へと駆け出した。 男が追う。 最初は開いていた差も体格の差からすぐに縮まり、男はリーチ内に少年を納めた。 「ちょこまかと…!」 捕まえようと出した手を伸ばす。 しかしその手は手ごたえなく空気をつかむ、思わずバランスを崩す。少年は今度は横道に飛んだ。 くるりくるりと木に登ると、男の上から雪と共に舞い落ちる。 落ちる際には男の脳天を台にすることを忘れずに。 男が蹴られた頭を上げると、少年はまた男を待つように目の前にいた。 もうナイフは捨て、直接殴りにかかる。 が、男の視界からまたもこつぜんと少年が消える。 少年は今度は雪で足を滑らせ転ぶように、すっと目の前の大人の足の間に入る。 行き過ぎても、いけない。 少年は男の足首をつかみ、自分を固定すると共に男から自らの身を守る。 「こンのガキ…!」 「わぁ!」 男はこめかみに青筋を浮かべ、少年につかまれた足を振り上げる。少年の力は及ばず、足が振られるのに従い体が宙に浮き、慣性の法則に従い宙に放たれる。 「いて!」 男が勝ち誇った顔で雪の上に落ちた少年を見た。 少年も雪上から顔を上げ、男を…男との距離を見る。 「…こんなもんかなぁ」 少年はその金色の瞳をぱちりとウィンク。 「っ!!」 そこで男ははっと気付く、それと同時に 「悪いのはあなただ」 暗闇を、火の粉が舞う。 嫌な臭いが漂い、ほのかに枯れた木々を照らす。 「やっぱりくさい…」 黒い物体から少し離れた位置にいる少年はそう漏らす。 「もう、慣れたものではないのか?」 「!」 聞き覚えのない…いや、さっき聞いた声を耳にし、サンはばっと振り返る。 そこには、先ほどいたリーダー格であろう髭の男が静かに立っていた。 「その竜に殺せと命令を出す時、何もためらいはしていないな…」 さすが殺人鬼の連れか…、低く重い声で言う。 「殺さなければ殺される世の中です。自分の命を助けるのに何をためらう必要が?」 サンは引かずに応える。 二人の間を雪が降る。 「その竜で私も殺すか?」 「必要ならば…」 ごくりと唾を飲む。 サンにさえ目の前の男の強さは分かっていた。 目はそらさず、手探りでピエラを呼ぶ。 が、彼女は来なかった。それどころか彼女の動いている証の鈴の音も聞こえない。 「…ピエラ…?」 耳を澄ますと、苦しそうな息遣いが聞こえる。 「! ピエラ!」 彼女は雪の上で倒れていた。吐く息と煙が白く立ち上る。 急いで小さな相棒の元まで行き、抱きかかえる。 彼女は苦しそうにするだけで反応はなかった。ほんのり顔が赤い。 「…今朝の…風邪…?」 僕が窓を開けて寝てしまったから… 僕が無理矢理町を出てしまったから… 僕がピエラに無理をさせてしまうくらい弱いから… 「ごめ…ん…」 ぎゅうっと抱きしめるが、その手からは彼女の温もりを感じることは出来ない。 金色の瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。 小さく肩を震わせる少年の背後に、男が一歩一歩近づき 「頼りが無ければこんなものか…」 返しのついた短剣を取り出す。 少年の背に短剣の陰が落ちる。少年は気付いてか知らずか、一向に背をまるめたままだった。 短剣が少年の首に触れる。 「さっせるかーーーーぁ!!!!」 「なにっ!」 「っ?!」 横の枯れ木の合間から紅い物体が飛び込み、男にタックルをかます。二人はそのまま転がる。 「ふ、フレディ…!」 サンは飛び込んできたものに目を丸くする。 フレディは髭の男のマウントを取り、男の首をスコップの柄で押し付けていた。 体勢はそのまま顔だけぐるんと回転させ、サンを睨む。 「何やってんだ、こんのバカが!」 「っ…」 怒鳴られ、身をすくめる。 「ったく、こぉれだからオコチャマは…っ!」 台詞の途中でサンの方を向いていた顔をばっと横に向け、短く舌打ちをすると髭の男の上を飛びのく。それと同時に最後の一人の黒い影が剣を下ろしながら落ちてくる。 「まだいたのかぁい、雑魚が!」 振り落ちてきた男の剣をスコップで受けながらフレディが言い放つ。 スコップの刃と剣の刃が合わさって、キィンと金属同士のぶつかる高い音が放たれる。 ばっと二人は双方に飛び、一度間を空ける。 そして、同時に乗り出す。 勢い良く相手が向かって来ているところを、フレディは寸前で身を反転させると男の背に舞い込み、 「目障りなんだよ!」 ゴスッ 頭の形の変形した男が雪の上に落ちる。 とくとくと、白い雪が赤に染まる。 フレディは血の滴る自らのスコップをじっと見つめると、 「またへこんだー…」 ぽつりと漏らす。 そしてはっと気付く。 「サンっ!!」 慌てて振り返るが、 小さな竜を大事そうに抱えた少年は、髭の男の腕に捕らえられていた。そして少年の首にはナイフが当てがわれている。 「…フレ、ディ…」 「そんな泣きそうな顔しなすんなって、助けてアゲルから、ね?」 少し離れたところで深紅が金色に笑いかける。 金色はその笑顔を見て、首を左右に振る。 その仕草を見て深紅は更にだいじょーぶだから、と笑った。 今度は髭の男を睨む。 「典型的悪役だねぇ…何が望みだい?」 「もちろん、貴様の首だ。貴様は少しばかり我らの手には負えぬようでな」 男の言葉を聞いて、やっと気付いたのかい?とフレディは笑い、 「首くらいくれてやるよ」 そう言った。 「フレディ!」 サンがぶんぶんと先ほどより増してダメだ、と首を振る。 「大丈夫、心配ないから」 彼はまたにこりと笑った。 髭の男が自分のエモノをフレディのそばに投げる。 「それを使え」 深紅はそれを手に取るとまじまじと見つめる。 「中々抜けちゃったりしない返しの刃がついてるよー…そんなにオレって信用ならねぇ?」 当たり前だ、と男に言われフレディはけらけらと笑った。 そして、短剣を胸に刺す仕草をし、男に指差し問う。 「さすがのオレもテメェの脳天に勢いよく刺すのは無理だから、胸でい?そのあと残りはおっさんな?」 「…いいだろう」 了承した男を見てフレディは優しいんだねぇ〜と言う。 サンは目を伏せた。目尻ににじむ涙が頬に落ちる。 返しの刃のついた短剣を胸の前に構える。そして改めてサンを捕らえる髭の男を見る。 男はサンに当てたナイフを誇示するようにナイフをサンに近付け、変なことを考えないで早くしろ、と少し刃を立てて当てた。するとじわりと鮮血が滲み出る。 隙を見せない男にため息をつき、フレディは次にサンを見てにこりと笑う。 笑うだけで、何も言わずに。 視線を真正面の木に戻し、手に力を入れた。 「いっち、にーの…さんっ!」 グッ 鮮血が辺りに紅い花を咲かす。 花の中心には血を吸い更に紅くなった髪を散らした殺人鬼が横たわる。 サンは目を閉じたまま、耳で刺す音を血が落ちる音を彼が倒れる音を聞く。 「疑わしい程に潔いな…。…見ないのか?殺人鬼が死ぬところを」 男は深紅の息が弱まるのを待っていた。 フレディは時々咳き込み、血を吐く。だが、死ぬのは時間の問題だ。 サンは男に言われても目を開けようとはしなかった。 男はサンを地面に落とす。 「まぁいいだろう。逃げるなよ…お前にはまだ用がある。最近巷で噂があるのだ…不思議な竜をつれた子供がいるとな…さぞかし貴族は高く買うだろう…」 サンを鋭い視線で止めると、男はまだ弱々しくも息のある深紅の元へ向かった。 「惨めなものだな、スコーピオン」 紅い殺人鬼を見下ろしながら、彼のスコップをサンのいる方へ蹴飛ばす。紅い血が舞った。 「汚職のある企業や貴族ばかり狙い、盗んだものはスラム街へ放置…こんな義賊まがいのことばかりやるからこうなるのだ…」 「ぎ…ぞく…?」 男の言葉を聞き、雪の上に座るサンがぴくりと顔を上げた。 「あぁそうだ。知らなかったか?だからスコーピオンは上に嫌われている。一刻も早く捕まえようと報酬も高い。背に腹は変えられんというやつか…」 「・・・」 サンはここで初めて血まみれの深紅に目をやった。 もう死んでるのかと思ったが、よく見るとかすかに…本当にかすかに動いている。 でもこれではもう… 「バカだなぁ…あんたは」 ぽろりとまた金色の瞳から雫がこぼれ落ちる。 髭の男は腰にかけたもう一本の短剣を手につかんだ。 これには返しはついていない。 深紅に近付き、仰向けに倒れる彼の首にそれを当てた。 「その首、頂くぞ…スコーピオン」 バシャ 「な、に!!」 水を飛ばす音が聞こえると共に視覚が機能しなくなる、そしてあっという間に男は肩を押され後ろに倒された。とっさに男は手に持った短剣を遠くへ投げ捨てた。 「っはぁ…させるかっつの…!」 サンが声で反射的に顔を上げると、髭の男が視界をフレディの血で遮られ倒れ、フレディは胸に短剣を刺したままふら付く足取りで立っていた。 「フレディ…!」 「スコーピオン、無駄な抵抗をするな!お前の武器はもうどこにも無いぞ」 男が目をこすりながら怒鳴る。 「武器がない?」 フレディは口の端から血を垂らしながら笑った。 「ここにあるじゃねぇか」 血みどろの手で、自らの胸に刺さった返しのついた短剣を指し示す。 「馬鹿な…、それはそう易々と抜けるものではない、抜こうとすれば更なる傷を呼ぶぞ。弱ったお前に出来るはずがない。気が狂ったか」 男はこすって伸びたフレディの血で顔を真っ赤にしていた。 「だぁれが…弱ってるだぁ…?」 一瞬倒れかけるが持ち直し、短剣をつかむ。 「こんな、もん…オレ様を留めるに足りねぇよ!」 血と共にフレディに刺さった短剣が抜ける。 そして、広がった傷口から更に多くの血が音をたてて落ちた。 「なっ…!」 致死的な傷を負った怪我人とは思えぬ速さで深紅は男の首を閉め、持ち上げる。 「次は、おっさんの番…だよな?」 スコーピオンが笑う。 尖った尻尾をかざして。 短剣の鞘と成り果てた男が血の中に落ちる。 「おっさんが…ホントにサンに…手ぇ出さないなら殺さなかったんだけどねぇ…」 そうぽつりと言うと、深紅も血の海に倒れこむ。 「ふ…フレ、ディ!」 それまで見るしか出来なかったサンがようやく動き、フレディに駆け寄った。 彼の顔を覗き込む。 彼はやはり笑っていた。 「あっはー…サンくん…無事ぃ?」 何が辛いのか、何が悲しいのか、もう分からないほどに、鼻につんとくる。 「…僕なんか見捨てればいいのに…、フレディなら簡単にあいつらを倒せた…」 「だって、サンくんを見捨てるなんて選択肢…無いもん」 ぽたりぽたりと涙を流すサンの頭を真っ赤な手で撫でる。 「だから…泣かないでって…ね?今の君には…ちーちゃいピエラを守る義務が…あるんから」 フレディに言われて、サンは弱っているピエラを更に強く抱きしめた。 そんな少年を見て、深紅は笑う。 「ん…、ゲホッ…ッ」 急に体を丸め、咳き込むと口から咳と共に血が吐き出される。 「フレディ…!」 「あー…?限界?かしら?」 尚も小さな咳と共に吐血をするフレディの肩をサンは押さえた。 涙で潤む金色の瞳で深紅の瞳を睨む。 「僉に…こんなに近くにいるのに…僉に会わないで死ぬの?!」 少年にそう怒鳴られるとフレディは苦笑いを浮かべた。 「あは…そう来るぅ…?」 少年は深紅を運ぼうと小さな竜を抱えた手で試行錯誤する。 「僉のお兄さんなんだろ…?!僉を置いてくなよ…!」 自分より大きい体を、押したり引っ張ったり。 「無理だよ、サンくん…」 「決め…つけんな!」 まだ雪山は半分残っている。 少年が大人を抱えて降りるのには無理な距離だった。 それよりも先に彼は…。 「…もう定員オーバー…、オーケー?」 血の滴る震える手でピエラを指差す。 サンはぶんぶんと首を振った。 「あんたは…あんたは言い訳をしなくちゃいけないんだ… 義賊まがいのこと… …雪かきのこと… …僉のこと… だから… …だから…」 少年の動きが止まる。 顔をうつ伏せて、 「死なないで…」 ぽつっぽつっと深紅の上に涙が落ちる。 「…ねぇ…、目的の…そのウラ…」 「…?」 「…わかった?」 傷は確かに痛むはずなのに、彼は笑みを浮かべる。 「わかんないよ…」 「…オレは、僉を独りにはしたくない…」 「だったら!」 「だから!」 大声で制止され、ぴくりと止まる。 フレディは涙の伝うサンの頬を撫でた。 「お前を生かした。…僉には…サンもピエラもいるじゃん…?」 頬を伝った涙がフレディの手にあたる。 「…だから、このまま死なせて…ね?」 子供に言い聞かせるように、柔らかな言の葉で彼は言う。 「・・・・っ」 少年は、全てを飲み込み、 流れ落ちそうになる涙を堪えながら、 「あんたなんか…死んじゃえ…!」 それだけを言い放つ。 苦しく胸を押さえながら。 深紅は笑う。 「あり、がと」 少年の頬を撫でた手が力なく雪に落ちても、深紅は笑っていた。 →[はじまりのおわり・6] |