少年は雪の中を歩く。 歩いた後を、血で軌跡が描かれている。 だがそれは彼の血ではなかった。 彼の服に浸み込んだ血は尚果てない。 少年は大事そうに、小さな竜とスコップを抱える。 先は見えないが彼は歩いた。 太陽のない世界が、ほんの少し明るくなる。 夜が明けようとするサインだ。 早朝、氷魚は自らの働く宿の玄関口の雪かきをしていた。 息が白く立ち上る。 「昨日はたくさん降ったみたいだね〜」 ざくざくと掘りながらひとり言をこぼす。 これは彼の日課で、彼のストレス解消法でもあった。 彼は一回り程自分より幼い少女を雇い主に持っていた。 嫌いじゃないけどさ…嫌いじゃないんだけどさ… もうちょっと年上への敬いーってもんを持ってくれたらなぁ… 彼は雪へ嘆く。 「…氷魚…?」 懸命に雪かきをする青年に彼の名を呼ぶ声が落ちる。 彼は自分の幼い雇い主で自分の親友の妹の声と思い、微笑みながら顔を上げた。 「僉ちゃん、起きたの?……っ!」 そこにいたのは少女でなく、少年。 時々この家に帰ってくる、不思議な金の瞳を持ったなんだか不思議な雰囲気のする少年。 その少年が血だらけで立ち尽くしていた。 「さんくん!!」 思わず声が裏返るが、気にしている場合でなく、少年に駆け寄った。 「血だらけ!どうしたの?!ケガした?!」 「・・・」 何も言わない血だらけの少年の腕の中を見ると、弱っている小さな竜と、スコップ… 「…フレ…ディ」 氷魚は、親友のほとんどいつも身から離さずに持っていたスコップを見て、悟る。 青年は少年の目線に合わせしゃがみ少年に優しく問いかけた。 「サンくんは、ケガない?」 こくんとサンは首をたてに振る。 ケガはないらしい少年に良かった、と言うと 「僉ちゃん、中だから…」 少年を家の中に誘導した。 血で汚れた金色は恩人であり大切な人でありさっき死んでしまった人の妹の部屋の前に立つ。 彼の相棒の寒さで弱った小さな竜は氷魚が預かってくれた。 看病もしてくれるそうだ。 自分の首の唯一のケガも悟られたが、治療は断った。 これは、唯一のケガだから…。 深呼吸をして、 ドアをノックする。 こうしないといつも怒られたから。 「だーあれぇ…?」 起き抜けのような僉の声。 「…入って…いい?」 少女の質問には答えず、少年は逆に少女に問いかけた。 「サン?!」 バンッ 声で自分の疑問を自己解決した少女が扉を勢い良く開ける。 「・・・!」 開けて、目の前に飛び込んできた少年の姿に言葉を無くし立ち尽くす。 「…これは…ほとんど僕の血じゃないから…安心して」 少年が力なく笑う。 そして、形見であるスコップを少女にかざす。 「…あにっ…!」 少女はスコップが何なのかを認識すると目を丸くし、口に手を当てた。 サンはそんな彼女の姿を見て辛く目を伏せた。 少女はしばらくスコップを見つめ、一つ息を吐くと 「入りなさい」 部屋へと少年を招いた。 部屋へ入ると毛布かベッドの上から飛び出していた。よほど急いで出てきたのだろう。 僉は一回イスを見たが、サンが血で汚れていることを思い出すと立ったままくるりとサンの方へ向く。 サンの持つスコップを経由し、サンの瞳に視線を合わせる。 「…フレディに…会ったの?…っていうか…ていうか…」 そこで一旦言葉を止め、寝癖の残る赤茶の毛をかきむしる。 「全貌は…なんとなく分かってるつもり。…だから、だけど…」 ばつが悪そうにサンから視線を逸らすが、しばらくして戻す。 じっとサンを見つめる。 彼の言葉を待つ。 わかってる。 わかってる。 言わなくちゃいけない。 ぎゅっとスコップを握りなおすと、 「彼は…フレディは…死ん、だ」 そう自分で口に出すと、幻とも思えた昨夜のことが現実のものと化し、ぽろりとまた涙が金色の瞳からこぼれた。 「ごめん…ごめん……ごめん…」 もう少し気の利いたことを、整理のついた話を、説明を、しようと思っていたはずなのに言葉はそれしか見つからず、それしか言えなくなる。 「泣くなー!謝るなー!!」 「っ!」 僉が突然怒鳴り声をあげ、サンはびっくりして僉を見る。僉は息を切らしたように、聞こえるほど深く大きく呼吸をしていた。 「分かっていたことだ…!アイツのしてたこと考えれば!」 「…知って…?」 「知ってた!それでもアイツ止まんなかった!つぅか止められなかったわ!」 息を切らし、大声を張り上げ、僉は怒鳴る。 「だからせめてもに、せめてもに、ずいぶん前にずいぶん久しぶりに帰ってきた時アンタのことを教えて、会ったらこっそり守ってやれって言ったわ!たまにしか帰ってこないで好き勝手してるならたまには役に立てって!」 「そう…なの…?」 サンは手が震え、スコップを落としそうになるがなんとかつかんでいた。 「だから…だから!」 ぽろり。 深紅の瞳から、涙がこぼれる。 「たまには役に立ったのね…」 ぎゅうっとサンに抱きつく。 お気に入りのパジャマに血がついたが、気にせずに強く抱きついた。 彼女は声を出さずに泣く。 「…っ、ご、めん…」 その動作がどうしようもなく切なくて、どうしようもなく胸を締め付けるのでサンはまた言葉を一つしか見つけられなかった。 「…謝るなぁ〜…」 サンのコートに顔をうずめながら僉は低く声を出した。 「で、も…僕が…」 「アタシは!」 僉がサンの言葉を遮る。 「アタシは…、フレディがたまにの願い事聞いてくれて…サンが生きててくれて…嬉しかったもの…」 その言葉がどうしようもなく切なくて、どうしようもなく胸が楽になって、どうしようもなく暖かくて、どうしようもなく…どうしようもなくて… だからサンは、 「…ごめんね…、」 「サン…だから、」 「…ありがとう…」 その言葉しか見つけられなかった。 一瞬僉からの返答がなくなるが、しばらくして返ってきた。 「それでヨシ」 = ある町のある宿屋の庭に、スコップが立った。 「…これ、なに?」 金色の髪で金色の瞳の少年が隣に立つ赤茶の髪で深紅の瞳の少女に問いかけた。 少女は胸を張って、 「墓」 そう言った。 少年はもう一度スコップを見る。 薄汚れ、べこべこにへこみ、切り傷たくさんのスコップを見る。 「あー…妥当かも」 少年がぷっと笑い、 「でしょ?♪」 少女は自信満々に応えた。 「ふたりともー、ごはんだよー」 遠くから従業員であり、まぁ一応家族とも認識できるかもしれないくらい親しい青年の声が聞こえた。 「はーい」「はーい」 姉弟と言えるかもしれないくらい親しい仲の二人は声をそろえた。 「ピエラ、ごはんだって!」 少年は暗い空へ向かって叫ぶ。 「ぷー」 屋根の上から少年の相棒の小さな竜が舞い降りて、少年の手の中にすっぽりと収まった。 二人は玄関に向かって歩く。 「ねぇ、またどっか行くの?」 「そうだね……、僕は世界を変えることにしたんだ、太陽を探さずにね」 スコップに振り返り、言う。 「それは、太陽を探すより難しいかもしれないけど、だけど現実的ではある気がするんだ…」 少年は少女の問いに笑顔でそう答え、しばらくしてまぁ出来るかはわかんないけど、と苦笑いで付け足した。 「…まぁ、応援したげるわ。頑張んなさい」 「ありがと」 少女の返答に少年は笑顔を返した。 「あ、」 「何よ」 「僕の家はここだから安心してね」 にこり。 「当たり前じゃない、家出少年」 太陽を探す使命を負った少年は、 太陽を探さずに歩き始めた。 →Later on...? |