「サン!!」

「ぅ…あ?」

最近よく耳にする声が降り下り、意識がぐるんと夢の世界から現へと回れ右させられる。
まぶたを開くより早く、明るくなる。
反射で目を開くと更に明るく、しかめっ面になる。そこにぬっと深紅の髪が降ってきた。
深紅の全貌をやっと視界に入れたと思うと肩を持たれ、ぐんっと引き上げられる。
「フレディ…なに…」
「何っじゃないよ、バカが!」

珍しく少し本気の顔をされ、怒鳴られたので眠気は飛んだ。
何か、こいつに怒鳴られるようなことしたか?
怪訝そうに目の前の人物を見つめると、
「死ぬ気か、バカ!」
また怒鳴りながらある方向を指さす。
彼の指し示す指の先には、

全開の窓。

床には少し雪が降り注いでいた。
よく見ると息が白い。
「あ・・・」
どうやら考え事をしたまま寝てしまったようだ。空気および気分転換に窓を開けた記憶はあった。
ぼんやりと自らの身をさする、白い息と開いている窓を認識して脳が寒いだろうと判断したのだろうか。

サンがぼんやりとしているとフレディが窓を閉めてからまたサンのところに近寄ってきた。
「熱はないか?」
少し乱暴に額を触る。サンが答えるより早くフレディは大丈夫だなと尋ねておいたのに自分で答えた。
フレディはベッドに近寄ったものの、腰をかけずに部屋を見渡した。
「なに…?」
「ピエラは?」
「!」

一気に目が冴え、頭が稼動した。
ピエラ、ピエラはどこ?!


ばっと毛布を剥ぎ取りベッドから飛び降りると部屋中を見渡した。
あぁ、僕はなんて失態をしたのだろう。
彼女は一晩中寒かっただろうに!

「ピエラん、平気?」
 りん
「! ピエラ!」
向こう側からフレディの声とピエラの鈴の音が聞こえ、ベッドに飛び込むようにして向こう側へと飛ぶ。
フレディから奪い取るようにして愛すべき相棒を自分の手中に収めた。ぎゅうっと抱きしめる。
でも、彼女がどれだけ冷たいのかがわからない…

「サンくん、落ち着いて」
ゆっくりとフレディの手によって握り締められたピエラを表に出す。
「サンくん自体が冷えてるからダメだよ」
そうサンを諭しながら、ピエラのオデコを軽くぱしぱしと叩き彼女を起こす。
ピエラはゆっくりと目を開けた。
「ぷぅ…?」
寝ぼけ眼で目の前の深紅と金を見つめる。
見つめられた金色の瞳には安堵の色が浮かび上がった。
「けふっけふ…」
「ピエラ!?」
小さな竜が少し咳き込むと金色の瞳の少年の目にまた不安がよぎる。
フレディがピエラのオデコをなでながら少年を安心させるように言う。
「大丈夫だよ、少し熱があるだけ」
オレの部屋の方があったかいからそっち行こ、と少年の手を取り小さな竜を抱いて冷え切った部屋を出た。



フレディの部屋はずっとストーブをつけてたらしく暖かかった。

「毛布使いなよ、サンくんもピエラんも温まった方がいい」
そう言ってばさっとピエラを抱きしめるサンの上に毛布を被した。
毛布から頭を出すと、部屋の主は朝食取ってくるねと言って部屋を出て行った。

残されたサンは腕の中のピエラを見つめた。先ほどよりは温まったと、思う。
こういう時不便だと呟きながらストーブのそばに腰を下ろす。
なんだか空気がやわらかい気がするのでやはり暖かいのだろう。
赤く燃える火を見つめる。

「なんで開けたまま寝ちゃったのかな…」

と自問しつつも原因は分かっている。

連日のテンポのかき乱され具合。
考え事。
…あと雪かきの疲れとか?

どれもこれもあの赤いのが原因じゃないか!

急に腹立たしくなり、こぶしを握り締め立ち上がった。ピエラは毛布で包んでストーブの近くに置いて。
 がちゃ
その瞬間、部屋の主が帰ってきた。

「あ?なんでサンくん立ってるん?」
お盆を持ったフレディが間抜け面でサンを見た。
「フレディ!」
きっと深紅の瞳を睨みつけ、
「あんたは…、あんたはあのスコーピオンなの?!」
昨日からの疑問をストレート発散する。

「…あー…?あ、あー、あぁ」
嫌疑をかけられた深紅の人は一瞬呆けるが、すぐににまりと笑う。
「昨日の店の、新聞?」
笑いながらフレディが言う。サンは首を縦に振った。
「どうだと思う?」
フレディがおどけるような口調で疑問を返した。
「え?」
「サンくんは、オレが殺人鬼だと、思うわけ?」
目の前でにんまり笑う。
彼は馴れ馴れしくて、自分の町でもない町の雪かきをして、でもそれでも…
初めて会った日に食堂でされたことを思い出す。

「思…う」
睨むのでなく、見つめる。





にんまりとしたおどけた笑いが、


「…ご名答…」


冷ややかな微笑みに変わる。





殺人鬼の手がすっとサンに近寄る。

ピエラは、寝ている。

動けずに、きゅっと目をつむぐ。

殺人鬼の手がサンの首を周り、
「でもね、」



サンはぎゅっと抱きしめられた。

「『フレディは殺人鬼』ーは上等だけど、覚えといて欲しいことがあるんだー」
彼の目は見えないが、空気は穏やかで、
「な、に…?」
冷ややかな微笑みとどこか違くて、
「オレはサンくんを絶対殺さないから、安心して」
振りほどこうとは思わなかった。


「あと、」
ぱっと手がほどかれ、解放される。
「自分の行動を正当化しようってワケじゃないけど、オレにもちゃーんと目的のそのウラがあるのよ?」
彼はにんまりと笑う。
何が楽しくて何か面白いのかは皆目検討がつかないが。
彼は笑う。


「これにて一件落着ってことで!朝ごはん、食べよっか♪」

どこが一件落着だよ、とサンは思ったが、
フレディが笑顔でスープを渡してくるので大人しく受け取った。
ふんわりと温かなスープの香りが鼻孔をくすぐる。
サンはまた僉を思い出した。





断る理由も見つからなかったので今日もまた雪かきに借り出された。



意識だけ別の世界に飛ばしているような表情でさくさくと雪をかく金髪の少年ははしゃぐ子供たちの中で浮きだっていた。
彼の相棒の小さな竜は今日は彼女の特等席である彼のマフラーの中にはおらず、宿屋でぬくぬくと眠っている。

「今日から数日、雪すごいらしいよー!」
子供の一人が話す。
それを聞いて子供たちが騒ぎ出す。
「じゃあサン達はそれまで町から旅立てないな!」
「わ、嬉しいかも」
「そういえばサンはいつこの町を出る予定なの?」
一人の少女が上の空の金髪の少年に話しかけた。
が、彼は一向に反応しない。
「サン?だいじょぶか?」
「え?あ・・・」
一人の少年が肩を叩くとようやくサンは反応を示した。
話しかけられていたということに気付くと申し訳なさそうにもう一回言ってくれるよう頼んだ。
子供たちはしょうがないなぁと言いつつ笑顔でいてくれる。
サンはそんな雰囲気が暖かく好きだった。
「サンはいつこの町を出るのかって話!」
「そういえば今日で四日目ね。この町に来た旅人さんにしては長いかも〜」

「・・・あ」

ふと気付く。
フレディから離れれば、この町から出れば、この悩みはこのぐるぐるは無くなるのではないか。
そう、きっと慣れない暖かい空気にずっといたから、
温度を感じることのないからだが珍しく暖かかみを感じてしまったから、
だから、だから、きっといけないんだ────



「サン?どしたの?」
少女に問いかけられる。
「僕…町を出なきゃ」
サンは少女の純粋な瞳を見ずに答えた。
返答を聞いて子供達がざわめく。
サンはもう暖かい雰囲気のこの空間を見ることをしなかった、出来なかった。
「今日!もう町を出なきゃ!」
子供達が静止する間もなく、サンはスコップを放り出して寒空を走り出し、暗い路地に消えた。




「はぁ?サンくんが帰ったぁ?」
複数いる子供たちの中を、しばらくしてからリーダーの元まで伝わった。
「うん、なんか走ってっちゃった…」
「なんでさぁ?おなかでも空いたかね?」
「違うの…なんか町を出るとか言ってた…」
「はぁっ?!」
少女の言葉を聞き、ようやく目の色が変わる。
「今日から雪すごいらしいのになんでまた今日なんだろーなぁ?」
少年が言う言葉を、少女はわかんないと返した。
「チッ、世話のやける…!」
フレディはそう呟くと、子供達に自分も行くからあとヨロシクと言い残して、寒空を走り出す。
彼はスコップを放り出さないで。
また静止する間もなく残された子供達は、
「旅人って大変なんだなぁ…」
雪かきを続けた。




サンが部屋に戻るとピエラは元気に部屋中を飛び回っていた。
その姿にほっとする。
「さすが竜の子だね、ピエラ」
「ぷ?ぷぴゅ〜?」
サンに気付くとピエラは一目散に彼の元に飛んできた。
「ん?雪かきはいいのかって?」
少年は荷造りをしながら相棒の問いに答える。
「いいんだ」
そう言い放ち、
「ピエラ、もう町を出よう」
昨日買ったものも全部詰め込んだショルダーバックを肩にかけた。




「ヘーイ、マスター!!!」
ばこーんと扉を吹き飛ばさんばかりの勢いでフレディが宿屋に入ってきた。
「な、なんだい…フレディ。そんなに急いで」
「サン!サンくんは?!」
フレディの形相に少し押されつつも主人が答えた。
「彼はさっき出て行ったけど…なんかあったのかい?」
「チィ、遅かったか!」
フレディは主人の問いには無視をした。
「フレディ…だから何か…」
「あぁもう!きっとアイツに似て意固地なんだよ!連れ戻すのは無理かなぁ…」
ぶつくさ言いながらも急ぎ足で部屋に戻り、
「マスター、オレも出る!」
しばらくしてから荷物を抱えて戻ってくる。
「毎度あり…」
その頃にはもう店の主人は問いの答えを聞くことを諦めていた。





雪の寒さに臆することのない少年はもう町の外にいた。
今までいた町を見つめる、美しい絵画でも見るように。
「…寒い…」
温度を感じることのない少年はそう呟くと、町に背を向けて歩き出した。




「寒ぃ、寒ぃ、寒ぃ、寒ぃ、寒ぃーーーーっつの!!!」
白い雪の中目立つ深紅ももう町の外まで来ていた。
「進むの早すぎんだよ、クソが!」
そう雪の中叫び、愚痴ると、
「…あ?」
目の前の薄暗い雪の中に黒点を見つける。
彼は視力が高かった。




ふと、声が聞こえた気がした。
「まさか…ね。耳についちゃって離れないだけだよ、きっと」
そう首を振り、先を進む。
目的地は決まっていないが、とりあえず山頂を目指す。
「…サンく…ん…サン…」
また聞こえた…気がした。
「気のせい…気のせい…」
「気のせいにすんなーー、ボケ!!」
 ぱこーん
「いてっ!」
雪山にフレディの叫び声が響いた。


彼はぜぇはぁと息を切らしてサンのうしろに立っていた。
そのうしろにはめちゃくちゃな足跡が残っている。走ってきたのだろうか。

「フレディ…なんでここに…?」
「なんでここにーぃって…はぁ、はぁ…追ってきたんだ、ろうが!」
「…なんで追ってきたの…?」
「なんでーって………なんでも!だから戻んぞ!」
「理由が曖昧すぎる!僕は戻らない!」
「はぁはぁ…なんで戻んねーんだよ?」
「なんでって…なんでも!」
「そっちこそ理由が曖昧すぎんだろ!」
「いいだろ、別に。フレディには関係ないじゃないか!」
「関係ないってなんだよ!」
「だってそうじゃないか!僕とおまえは他人じゃないか」
「友達だろうが、ボケッ」
「そっちの一方的なものだろ、勝手に巻き込むな!とにかく僕は行くから!」
「あーもぅ、意固地。あーもぅ、頑固!」
「なんだよ!」
「もういい、なんでもいい!お前が戻んねーならオレがついて行く!」
「は…ぁ?なんでフレディが来るのさ?僕はひとりで平気だ」
「うるせー!寒さの感覚がないからって自分を買いかぶるな!」

フレディの一言に雪中の怒鳴り合いがぴたりと止まる。

「なんで…知ってるの…?」

深紅は下を向き言い過ぎたなと舌打ちをして、向き直る。

「とにかく!お前は人間の子供にしか過ぎなくて、オレは大人だ!」
「わ、っちょ…!」
フレディはサンを荷物もろとも担ぐと、
「問答無用!」
ふらつく足で雪山を登り始める。



あたりは薄暗いから真っ暗へと移行を始めていた。






日暮れへと、日暮れへと。

よっつめ。
無駄に長めですね。
長いので二日に分けようかとも思ったのですが(心の移行具合的にも)、
まぁ、午前と午後って感覚的に違う日のようにガラリと変わる気がするのでそのままに。
私だけでしょうかね?(笑)
とりあえず、サンとフレディの追いかけっこと怒鳴りあいがお気に入り(笑)

[はじまりのおわり・5]
次からはだらーっと続いてものそい長いです。覚悟してください(何)
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