ふんわりと温かなスープの香りがした。

…どうして?
母さん?
・・・まさか。
何淡い期待を持ってるんだ。
目を覚ませ、僕。
これは僕のくだらない期待が生み出した悪夢だ。
現を見るんだ。
目を開けるんだ…


「あら、起きたぁ?」
目を開けたその前にはスープを持った少し僕より年上の…12、3才の女の子がいた。ちなみに詳しく言うと持ったというより、すすっている。
「残念だわ。アンタが起きなきゃアタシが食べようと思ってたのに。
 はい、お食べ」
にっこりと笑顔でこちらに渡してくる。
思ってたっていうか、食べてたじゃん。と思ったけど口にしない。
ふんわりとまた温かなスープの香りが鼻孔をくすぐる。

夢じゃ、ない?






その女の子は僉(ミナ)と名乗り、幼くしてこの宿屋を運営しているらしい。
僉以外に宿屋には氷魚(ヒオ)という20才前後の青年の従業員がいた。
そして、

「ぴゅい!」

ピエラがいた。
この小さな竜はあの吹雪の中、僕を助けてくれたというのだ。
まぁ、詳しく言うと、ピエラが僉達を呼びに行ったのだが。
そして驚くべきことに、

「ピエラ、窓を閉めてくれ。寒い…」
「ぷ…」

ピエラには寒さという感覚が無かった。
僉によると、ピエラは元々は山奥に住んでいたのを僉達に懐いてしまい、今ではこの宿屋に住み着いてるとのこと。

前いたところで読んだ文書に載っていた、資格を与えるもの。身代わり。
資格を持つ代償に自らの五感捧げる。この、五感を捧げる相手。
身代わりというのは、探し人の代わりに寒さを感じる感覚を手に入れるのだ。
資格を与えるものは、山奥に住まい、竜の形をしている…と。

パーフェクトじゃないか。
ぼんやりと寒さを感じない小さな竜を眺めながら考える。
ピエラなら僕を本当の探し人に…
視線に気付いたのか、ピエラはこっちを向くとちりちりと鈴を鳴らしながらこちらへ飛んできた。
「ぴゅう!♪」
何故か僕は懐かれている。

「サン!」
サン?
「ちょっと?聞こえてる?」
がしっと肩をつまかれ、無理矢理90度方向転換をさせられた。
目の前に飛び込んできた赤茶髪で深紅の瞳の顔は、
「僉?」
「アタシを無視するなんていい根性ね、サン」
「…あー…」
そうだ。
僕の名前はサン。サーチ・サン。
なんだか自分が呼ばれるということに、慣れない。
「えっと、何?」
「夕飯よ、早く来なさいな」



僕は気がついてから幾日経った今もこの宿屋になんだか厄介になっていた。

「氷魚(ヒオ)ー、サン呼んできたからさっさとついでー」
「あ、うん〜。今やるよ」
キッチンの奥から氷魚の声がした。
彼は大分、僉のパシリだ。
氷魚のごはんをよそう音が聞こえると僕の後ろを飛んでいたピエラはするりと僕を飛び越え、テーブルの上に降り立った。
僕も適当なイスに座る。すると、見計らったように氷魚が夕飯をお盆で持ってきた。
「サンくん、たくさん食べてね」
そう言って氷魚はおかずの乗った食器を下ろしながらやんわりと微笑んだ。。
「お客さんはもう食べたの?」
「うん、さっき済ましたよ。今日は少ないから楽だった♪」

 ゴス

にこりと笑い僕の質問に答える氷魚を僉が彼の持っていたお盆で突き刺した。瞬間、氷魚の目がうるりとなる。
「ひどいよ、僉ちゃん!何するの」
「なぁにが少ないから楽ーよ!客が少ないのの何が良い事かー!!!」
僉がお盆に続いて出したのはテーブルの上の楊枝だった。一本一本すばやい手つきで氷魚に投げる。
「うわわわぁん!掃除が大変になるでしょー!」
彼は泣きつつもその後の掃除の心配をしていた。


ここは、アゴのネジを2,3本無くしてしまったのではないかって程頬が緩みっぱなしになる。
実に、平和だ。
そう感じると共に、目の前の事なのにどこか別世界の様のように感じてしまう。
自分とは無縁のもののように。


「ぷきゅう?」
「あ?」
ピエラが視界いっぱいに入る。顔に張り付いていた。
猫をつまむように持ち上げ引き離すと、プゥとどこか寂しげに短く鳴いた。
「なんだい、ピエラ?」
「ぴきゅぷきゅう!」
わからない。
「ぷう…!きゅうきゅ!」
「わ、なんだよ!」
ちりちりと鈴が大きくなる。ピエラが暴れている証拠。
なにせ、こんな小さいナリだがピエラはれっきとした竜だ。ケガをさせられる前に思わず手を離してしまう。

「サンは、探し人になりたいの?」

りん。
ピエラの鈴の音が止まった。

「て言ってるわよ」
「僉…?」
ドアのところに僉が立っていた。
「僉、どういう…」
「ピエラから聞いた」
僕が何か言おうとすると、僉は言わせないように強く切り出した。
「アンタは本当に、太陽を探したいの?」
「僕は…」
口ごもる。


ここ数日、頭の中を色々なものがぐるぐると回って考え事が考え事の足を引っ張って上手く思考が働いてなかった。

村を追い出されたこと。
雪が寒かったこと。
ピエラが資格を与えるものであること。
太陽のこと。
これからのこと。
全てを全て考えるのには僕の頭の許容量は足りてない。自分で分かってる。
けど、考えなくちゃ。

一向に考えのまとまらない僕を見かねてか、僉がやんわりと微笑んだ。そして僕の頭をがっしりとつかんで、ごちんと僉の自身の頭と軽くぶつけた。
じんわりと額から僉の熱が伝わる。
「深呼吸なさい」
すー、はー、と深呼吸する僉にあわせて深呼吸をした。
新鮮な空気が頭の中に送り込まれる。

「サン。落ち着いて。
 アンタは何をしたい?それだけのこと。したくないことをする必要はどこにもないわ」

僕のしたいこと

「なにがしたいかは…わかんない」

ぐるぐると回っていたものが、呼吸と共にやっと少し整列を始めたようで、

「でも、決めたから、名付けたから、」

闇の中、少しの光を頼りに、

「だから、探すんだ」

僕が僕であることを定義するために。



「そうか」

 ゴス

「・・・っ!!!」
僉は額と額をあわせた状態からほんの少しスペースを開けて勢いよく戻した。ようは、頭突。こう、突き上げる痛さだ。
思わずのけぞり、頭をかかえるようにしてうずくまる。
じんじんと来る痛さにより目尻に熱いものが・・・
僕が僉の真意を問うより早く、

「男は旅に出るモンよ」

彼女の口が開いた。でもそれは僕の望んだ答えではないもので。
「旅に出て、世界を学ぶの」
彼女は相変らず彼女の脳内であらすじを済ましてるのか、ワケが分からなかった。
「だけど、出るなら帰るところも必要よ。
 だから、」
いい加減痛みをこらえ、顔を上げると僉と目が合う。

 パコン

「い・・・っ!!」
今度は上げた頭を下げるように下にはたかれた。
その攻撃自体は痛くないのだが、先ほどの額とサンドイッチな感じが痛みを倍増させた。
目尻の熱いものが更に増える。




「ここをアンタの故郷にしてやるわ」


「え?」

彼女は何を言った?
彼女は何と言った?


「あら、アンタ。感涙?可愛いじゃない」

しいて今完全に理解出来ていることは、
この涙は先ほどの頭突きとはたかれたことによる痛みからだ、ということ。







僉の謎の宣言からから数日。
僕らは宿屋を追い出された。
なんでも、

「長居はよくないわ。何事も適度にしなくちゃ」

とのこと。



ちなみに、『僕ら』というのは、

「ぴゅういー」
ピエラが少し前を飛んでいる。

「ねぇ、ピエラ。なんでついてきたんだい?」

同時に自らに問う。
なんでピエラに寒さの感覚を押し付けない?

久々に出る外は風が冷たかった。
横殴りの風が雪をつれてくる。
頬に当たる冷たい風と雪を避ける為にすぐに室内へ入りたくなる。
感覚が無かったらそれはなくなるだろうか。
でもそれは、逆も然り。
僕はきっと、探すと決断した今も、探し人になることを疎んでいるのかもしれない。
人間離れすることを、疎んでいるのかもしれない。

ピエラが振り返った。
それに合わせてちりんと鈴が鳴る。あの鈴は僉が迷子にならないよう付けたものだそうだ。
心底嬉しそうにこちらを見つめ、

「ぷー、ぷきゅう♪」
相変らずわかんない。

でも、
「ありがとう、ピエラ」
それはついてきてくれたことに対して。
一緒にいてくれることに対して。


そして、いつかなるかもしれない身代わりに対して。







何をすればいいかわからなければ、とりあえず歩けばいいわ。
そうしたら、いつかはどこかにたどり着くから。

時期的には「はじまり」の続きです。旅立ちの話。
またの名を、終わりまでにやっておくと消化が良くなる話(笑)というわけで間奏。
ピエラに感覚をあげたり、ピエラと仲良くなるのはもうちょっと先です。
そこまで入れたかったんですが、入れるとちょおっと長くなりすぎちゃうんでー。

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